第五章 チャクラ思想の核心:車輪の中心にあって、それを転回せしめる車軸
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2009年11月2日、私は約1年半ぶりにコルカタの地に降り立った。2005年以来実に4度目の訪印になるが、今回のそれは今までにない重みを持っていた。
あの日2008年の4月、盗難事件の直後フラフラとニュー・デリー駅をさまよい出た私にとって、周りに蝟集するインド人のすべてが敵に見えたものだ。それが1年半を日本で平穏に過ごして、いざ再びインドに帰ってきた時、自分が一体インド世界をどのように受け止めるのか、これが私にとって最大の不安だった。
だが入管でのファースト・コンタクトも難なく通過し、街に出てバスに乗り、自分の周りがすべてインド人!という環境におかれた時、私の心に湧きあがってきた感情、それは2005年に8年ぶりにインドに帰ってきた時と全く変わる事のない、いやそれ以上の懐かしさと感動だった。
一度は「もうインドには来られないかもしれない」とさえ思った自分が、今再びインドの大地を踏んでいる。インドの匂いに包まれ、インド人に囲まれベンガル語のシャワーを浴びている。私のインドに対する思いは、完全に復活していた。
そしてもう一つ、この旅が今までにはない重みを持っている別の理由があった。出発の数カ月前、私はチャクラ思想の核心とも言えるひとつのキーワードに出合っていたのだ。それは『ガンディ翁の聖なる棒』からさらにもう一歩踏み出す、画期的なブレーク・スルーだった。
今回の旅は、前回失った写真データを全て撮り直すと同時に、そのキーワードに基づく新仮説を検証する旅でもあったのだ。それは本当に他愛もない偶然から生まれた発見だった。
ある日、様々な写真データがごっちゃになってしまったUSBメモリの整理をしていた時の事だ。機械的にマウスを操って写真の編集作業をしながら、いつの間にか考え事にはまってしまった私は、知らずに必要のない画像まで90度回転してしまった事に気が付いた。苦笑しながらその画像を見直した瞬間、私は思わず声をもらしていた。
それは新幹線の0系車両の車輪という何ともマニアックな写真データで、おそらく以前インド滞在中に『車輪』のキーワードでネット検索した時、上がったものをなんとなく保存したのだろう。しかし、目の前のモニター上に映る非日常的なアングルから見た車輪の姿は、実に車輪以外のある物の姿として強烈に私の意識に飛び込んできたのだった。
画像を90度回転する事によって車軸が直立した車輪。それはシヴァ・リンガムそのものの形だったのだ。
シヴァ・リンガム。それはゴームカ(牛の口)という排水溝をつけた円盤状のヨーニ(女陰を表す)の上に、短い円柱状のリンガ(男根を表す)が屹立したもので、男性原理であるシヴァと女性原理である神妃パールヴァーティ(デヴィ・シャクティ)が合一している姿を象徴し、あまねくインド全土でシヴァ寺院のご神体として崇められているものだ。
だが、これまで聖なる車輪とはイコール、スポーク式車輪だと思い込んでいた私にとって、スポークのデザインを持たず地面に水平に置かれ、しかもゴームカの存在によって印象を変えられたヨーニの姿は、完全に盲点となっていた。
ナタラージャの造形だけではなく、ど真ん中とも言えるシヴァ・リンガムそのものが車輪の現れだったのか?私の頭は一瞬の衝撃と混乱から立ち直りながら急速に回転し始めていた。
私は今まで、車輪と車軸を分けて考える視点を、実はほとんど持ち合わせていなかった。平面的な造形デザインとしてそれを見た場合、大柄で見栄えのする車輪に比べ中央の車軸はほとんど全く目立たないからだ。
例えば上のインド国旗に描かれた法輪を見た場合でも、はたして中心にある丸ドットが車軸なのか、それとも車軸を通すハブなのか、はっきりしない。
またインドの田舎で今でも現役で活躍している昔ながらの牛車などを見ても、車軸は荷台や車輪に隠れてほとんどその姿を見る事が出来ない。
考えてみれば、本稿第三章で車輪と蓮華の重ね合わせについて論じた時に、車輪の中心にある車軸と蓮華の中心にある花托を重ね合わせて語っているが、それはあくまでも形と位置の相似性・相同性についてだけの話で、車軸そのものについて深く考えたものではなかった。
そんな訳で私にとって車軸の存在は完全な盲点になっていた。だがその目立たない車軸のイメージが立体的なリンガと重ね合わさった瞬間、それはとてつもない存在感を放ち始めたのだった。
そもそもチャクラ思想の起源であるラタ戦車のシステムにおいて、車軸はどのような性質を持っていたのだろうか。
それは車台に固定された状態で車輪を貫き、車台に乗る戦士を含めたすべての荷重を支えると同時に、馬がけん引する力を車輪の回転運動へと変換する重要なパーツだ。車軸と車輪の接触面には潤滑油が塗られ、両者が不即不離かつ不可分一体となって初めて、車輪は円滑に回転しラタ戦車は疾走する。
一見すると車軸のその形はただのシンプルな丸棒に過ぎないし、華々しく展開する車輪のデザイン性と比べたら造形的にはほとんど採るに足らない。だから私は、今まで様々な宗教デザインを車輪と重ね合わせながらも、そこでは「車軸」が持つ意味と重要性いう視点がほぼ完全に欠落していた。
けれどもし車軸が折れてしまったら、あるいは車輪が車軸から脱輪してしまったどうなるだろう。とたんにラタ戦車はとん挫し、車輪もその働きを失ってしまうはずだ。
車軸、それは文字通りラタ戦車の構造的な中心軸であり、なくてはならない要と言っても言い過ぎではなかった。
車輪の中心にあってそれを回転せしめるもの。この時の私にとって、シヴァ・リンガムが車輪の造形かも知れないという発見以上に、『車軸』そのものの発見の方がより大きな意味を持っていた。
考えてみれば、私はすでにチャクラ・デザインについて第三章でこう語っている。
『中心から放射状に展開するデザインは、根源である神(原初には太陽)から世界のすべてが展開する摂理を表していた。それが瞑想時には放射状のデザインを逆にたどって、日常に拡散する人間の心を中心である神へと集中させていく』と。
この時点では車軸がそこにあるなどとは露ほども意識していなかったが、その存在に気づいてみれば、車輪の表象において、その中心にある車軸こそが神を表すのはごく自然な話だった。
そしてさらなる衝撃は続く。
「シンプルな丸棒である車軸」、という言葉に微妙な違和感を覚えて何回か復誦していた私は、ハタと気付いたのだ。この車軸を、車台から外して手に持てば、それはすなわち、
『ダンダ』に他ならないではないか!
車軸である一本の棒は、同時にダンダでもある。これがとどめの一撃だった。これこそが、チャクラ思想の真の『核心』ではないのか(サンスクリット語のakṣa-daṇḍaは車軸の棒)。
ヴィシュヌは本来太陽の持つ光照作用を神格化したものだった。だからこそチャクラ・デザインにおいて太陽の位置にある車軸、すなわち一本のダンダが、ヴィシュヌの神器であると同時にヴィシュヌそのものとして崇められたのではないか。だからこそガンディ翁が、その手に『神として』つかんだのではないのか。
そしてリンガが車軸でありダンダであるからこそ、シヴァ派のサドゥもまたダンダをつかみ持つのではないか。
つまりそこには、『世界の中心車軸としての至高神(ヴィシュヌ、シヴァ、あるいはブラフマー)』という普遍的な思想があった…
ちなみにインド語で車軸を意味する「アクシャ」は同時に長さの単位でもあり、4ハスタ、およそ180㎝を表しているという。これは以前言及したマウリヤ朝の1ダンダという単位と全く重なるもので、となると、そもそも1ダンダ180㎝という単位自体が、常用されるラタ戦車の車軸長を元にしていた可能性もある。
私はまるで憑かれた様に車軸、ダンダ、中心、などと繰り返し口ずさみながら、これまでに脳内とパソコンに蓄えた膨大な情報を、この新たなキーワードによって改めて照合し直していった。
中心が神であるというチャクラ・デザインの意味。車台に固定されてそれ自体は決して動く事のない車軸と、それによって貫かれ激しく回転する車輪。車輪をその中心で支えながらも背後に隠れてほとんど表に現れない一本のダンダ。
これらのイメージがひとつの記憶を呼び覚ますのにそれほど時間はかからなかった。それが、サーンキャ哲学の思想だった。
サーンキャ哲学、それはヴェーダの六派哲学のひとつで、聖仙カピラを師祖とし西暦200年頃に著されたという『サーンキャ・カーリカ』を聖典とする。ヨーガやアーユルヴェーダなどとも密接に関わり、現代にいたるヒンドゥ的人間観、世界観に最も重要な基盤を与えている思想だ。
それによれば、純粋精神であるプルシャはそれ自体静的であり、輪廻する物質的な現象界とは無縁だ。プルシャに対置する根本原質プラクリティこそが物質的現象界の潜在的な展開力であり、プルシャの観照によって両者が結び付く事で世界は展開する。そしてプラクリティから展開した自我意識(我々の日常的な心)が、純粋意識のプルシャへと目覚める事によって、人は解脱するという。
プルシャは同時にアートマンであり、私たちの世俗的な、それゆえ多くの執着や苦悩にまみれている心が、本来の純粋精神であるアートマンへと回帰することで、輪廻の束縛から解放され真の救済を得るのだ。
そして第四章に登場したシャクタ派の思想こそが、このサーンキャ哲学を下敷きに発展したものだった。
そこではパーソナル(個的)な主題がユニバーサル(宇宙的)な視点へと昇華され、男性名詞であるプルシャはシヴァへ、女性名詞であるプラクリティはシャクティへと読みかえられる。
そして大宇宙の展開はシヴァとシャクティの結合によって表わされ、本来ブラフマンであるシヴァは非人格的かつ無活動な存在であり、活動力の源である神姫デヴィ・シャクティと結合して初めて、現象世界=大宇宙の創造を行うことが出来るという。
『静的なプルシャ=アートマンは車軸であり、プラクリティは輪廻する車輪である』
シヴァは地味で動かない車軸であり、それに貫かれるデヴィ・シャクティは躍動するエネルギッシュな車輪である。そしてシャクティと結びつかなければ、シヴァは動くことさえできない!
この様なイデアを文字通り体現するものとして、あのシヴァ・リンガムの造形が生み出されたとしたら・・・ それはとても魅力的な仮説に思えた。
私はギリギリと脳を絞るように、更なる思索を深めていった。
根本原質であるプラクリティはサットヴァ、ラジャス、タマスという三つのグナ(性質)を備えている。サットヴァは一般に『純質』と訳され、その属性はバランス、秩序、知性、光輝などであり、その本質は『創造』である。ラジャスは一般に『激質』と訳され、その属性は力強さ、活力、変化、激情などで、その本質は『維持』である。タマスは『暗質』と訳され、その属性は不活発、無気力、鈍重、怠惰、遅滞、などであり、その本質は『破壊』である。
それぞれの本質がトリムルティのブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ、に対応しているのが何とも興味深いところだが、ここで注意しなければならないのが、サットヴァはバランスをもたらす性質でありバランスそのものではない、ということだ。同じようにラジャスは活動をもたらす性質であり、タマスは怠惰をもたらす性質になる。
仮に前述の仮説が正しくて、プラクリティが車輪と重なり合うものだとしたら、この三つのグナはそのまま車輪そのものの性質に当てはまらないだろうか。それは実に単純な発想だった。では実際には、どうだったのか。
サットヴァの本質は『創造』であった。それは車輪というものの本質を見事に衝いていると言っていい。
一般に生物は、目に見える運動器官としては、ついに車輪の回転メカニズムを獲得できなかったと言われる。固定された車軸に車輪が組み合わさって回転し続けた時、両者が血管や神経、筋肉によってつながっていたら、それらはやがて不可避的にねじ切れてしまうからだ。生物が組織や器官として車輪のメカニズムを獲得する事は、原理的に限りなく不可能に近い。
その不可能を可能にしたのが人類による車輪の『創造』だった。人類は生物界を模倣しながら多くの創造発明を成し遂げてきたが、この車輪のメカニズムだけは、生物界に存在していない人類の純粋なオリジナルだったのだ。
体外器官としての車輪。それは生命進化史上に革命を起こし、その後の生命圏の歴史を大きく動かしていく原動力となった。
そして紀元前2000年、アーリア人によって新たにスポーク式車輪が『創造』された。高性能ハイテク車輪によって長途の旅が可能になり、新世界との出会いが生まれた。それは新たなる天地の『創造』に他ならなかった。やがて彼らはユーラシア大陸全域で圧倒的な軍事的プレゼンスを発揮し、このインド亜大陸においてもその支配を確立し得たのだ。
スポーク式車輪の登場は、実に二重三重の意味で『創造』のプロセスそのものであったと言えるだろう。
そしてサットヴァの属性を見れば、これらもまた見事に車輪の特徴を表していることに気づく。
スポーク式車輪は板を張り合わせた原始的な車輪と違って、高度な加工技術によって成り立っている。ハブ、スポーク、リム(タイヤ)というパーツをそれぞれバラバラに加工形成し、それらを精緻に組み合わせることによってはじめて車輪がその姿を現す。
それは例えるなら木製の樽づくりにも似た精巧な技術であり、高度に数学的な『知性』が要求される。知性によって把握された形は、バラバラな木片の中に『秩序』を打ち立てる。
そうして組み立てられた車輪は、限りなく真円に近い形と、厳密な中心性に基づいた高度な『バランス』を保っていなければ、円滑に回転することができないだろう。
そしてその中心からスポークが放射状に展開する象徴的なデザインは、正に日輪の『光輝』を表すデザインでもあるのだ。
次にラジャスの場合はどうか。これは車輪の働きそのものを表していると言えないだろうか。
車輪の発明は人々の生活に革命的な『変化』をもたらした。疾走するラタ戦車に乗る者にとって、風景が流れゆくその『変化』の速さは奇跡としか言いようがなかっただろう。そして思い出してほしい。車輪がその運動から時間すなわち『変化』を象徴していたという事実を。
車輪の登場はこの世界に大きな変化をもたらし、やがて社会に定着し、なくてはならない道具となって日々の生活を『維持』する必需品となった。そしてひとたび動き出した車輪は、惰性によってより少ない力で運動を『維持』できるという特性を持っている。
反対にあまりにも加速がつき過ぎると、もはやそれを操る御者の意思さえ超えてどこまでも暴走しかねないという危険な特性をも持っている。それはある意味、人が持つ『激情』にも似たものと言えるだろう。そしてそのような車輪を備えたラタ戦車は、リグ・ヴェーダにおける神々の『活力』の象徴であった。
最後にタマスを見てみよう。
回転する車輪にはその運動に拮抗する諸力が常に働いている。それは乗員を含めた全車体の荷重であり、車軸とハブが接触する所に生まれる身を削るような摩擦であり、すべての重さを一点で支えることから生まれる地面との激しい摩擦であり、上り坂での抵抗であり、でこぼこした地面の障害であり、向かい風であり、渡らなければならない川の水である。
これらはラタ戦車が始動する時には大きな抵抗となって『鈍重』さとして現われ、走行中も常に運動を停止させようとする反力として働いている。これら反力は『不活発、無気力、怠惰、遅滞』という性質と見事に重なり合っていないだろうか。
同時に、どんな高性能のラタ戦車を誇ったとしても、もしブレーキがなければそれは全く使い物にならない。これら抵抗する諸力を有用な機能へ転化する物としての減速装置(ラタ戦車の場合は馬を御す手綱か)がなければならない。そしてこの減速装置の本質は、ラジャス的運動エナジーの『破壊』なのだ。
この『破壊』に関しては、もう一つ忘れてはならない重要な側面がある。ラタ戦車を駆ったインドラが、破壊と略奪の転輪武王であった史実だ。平時においてそれは『維持』の特性を表すが、戦争に使えば、それは徹底した『破壊』の権化に他ならないのだ(しかし戦争における破壊は、ラジャスの性質である激情が暴走した結果と考えたほうが適切かも知れないが)。
これらの三つの特性を持った車輪が、車軸に組み付けられる(観照される)事によって(ここでは動力である馬の存在が語られてはいないが)、ラタ戦車は走りだし、現象世界は展開し輪廻する。そして車輪というファンクションと結びつかない限り、車軸ひとりではぴくりとも動くことはできないのだ。
これらの論考は単なるこじつけに過ぎないのだろうか?学者ならぬ身としては読者の皆さんの判断にお任せするしかすべはないのだが、ただ私の感触では、プルシャとプラクリティを車軸と車輪に重ね合わせるというこのイメージは、様々な知見に対して非常に高い整合性を示している様に見える。
あのトリムルティの思想でさえも、車輪の連想と交錯する中から生まれたという可能性は否定できない。つまりトリムルティの三神を現象界の『働き』ととらえ、その背後に非現象的な至高神を想定するという様な。その場合、中心の車軸がプルシャ的至高神、ハブがブラフマー、スポークがヴィシュヌ、リム(タイヤ)がシヴァになるだろうか。
そしてそこには、さらなる深い符合が存在した。
車軸を意味するヒンディ語の単語『アクシャ』。これはラテン語で世界軸を意味するアクシス・ムンディや英語で車軸を意味するアクスルと起源を同じくする言葉なのだが、アクシャは同時に牛馬をつなぐ『軛』をも意味する事が分かったのだ。
『ヨーガ』という単語の語源は『牛馬を軛につなぐ(ヨジュする)』であるという説が有力だ。軛がアクシャの持つもう一つの意味であるならば、それは『アクシャにつなぐ』という事にもなる。アクシャを『車軸』と読み替えれば、それは『車輪を車軸につなぐ』という事に他ならない。
上の写真はラタ馬車ではなく牛車だが、牛の首に乗った軛は太めの丸棒で長さは車軸と同じ程度だろうか。二頭立て二輪のラタ戦車を概念的に見ると、前方の動力部には左右二頭の馬が軛につながれて一体化し、車台部では左右二つの車輪が車軸につながれて一体化して、その車台と軛が轅と呼ばれる梶棒で繋がれることによって全てが一体化する。軛がアクシャ(車軸)であるならば、それは前輪駆動の四輪車とも見立てられるだろう。
車輪が車軸から脱輪してしまえば、それは本来の働きを見失ってフラフラとさ迷う事になる。その姿は、中心である神を見失った自我意識の姿とも重ね合わせる事が出来る。逆にそれがしっかりと車軸につながれればその働きは全うされ、同時に車軸そのものも活性化される。
私たちの心は、現象界(サンサーラ)において経験される様々な事象が自己の本質であると思い込み、その故に執着し苦悩し、惑乱する。この時人の心は車軸なる純粋精神プルシャを見失い、輪廻する現象世界、すなわちプラクリティだけしか見えていない。
けれどもその迷妄から離れて、真の実在である(車軸である)プルシャすなわちアートマンへと回帰する(つながりを回復する)事によって、真の救済への道が開かれる。
つまりここでは、車輪世界にのみ捕らわれた日常意識が、中心車軸の存在にまず気づき(結びつき=ヨーガ)、それに意識を移行させ一体化し、その上で、車輪世界から解脱する事によって真の開放を得る、というロジックが想定可能だ。
牛馬と軛の喩えと車輪と車軸の喩えをひとつに重ね合わせる事によって、サーンキャ・ヨーガ哲学の本質がより一層鮮明に浮かび上がってはこないだろうか。
実はこのアクシャ(अक्ष akṣaḥ)と重なる単語に、『アクシャヤ(अक्षय akṣaya)』や『アクシャラ(अक्षर akṣara)』という言葉がある。これらはしばしば神の至高なる属性を語るときに使われ、時に至高神そのものをも表す。その意味は『永遠』であり『不壊』であり『不滅』である。
特に『アクシャラ』はバガヴァッド・ギータの中で、至高なるクリシュナ(ヴィシュヌ)=ブラフマンを称える表現として多用されていて、いかにも示唆的だ。
さらに、このアクシャラという言葉は『音節(シラブル)』をも意味し、それは特に聖音『オーム』そのものを指し示すという。この辺り、『車軸』というタームがインド思想の中で極めて特殊なポジションを占めていた事を示唆している気がするのだが…(この点に関しては、AkshaとAksharaは語源が違う、という話もあり、専門家の解説を詳しく聞きたいところだ。だが、仮に両者が全く別の語源・語義にあったとしても、古代インド人の習性として、同音や類似音の言葉を「かける」事が普通に行われていたので、両者もまた「かけて」意識されていたのではないか、という思いは残る。2023,5,18追記)
この聖音オームは、カータカ・ウパニシャッドの中では『最高者』としてブラフマンと呼ばれ、この世界の最も優れた支柱に喩えられている。これは『車軸』ともからんで、後に重要な意味を持ってくる事になる。何故なら、神的な車軸を垂直に立てたならば、それは支柱になり得るからだ。
ここまでの思索を通じて、『車軸=至高神』仮説は私の中でかなり確信に近づいていった。だがシヴァ・リンガムに関しては、まだいくつかの疑問もあった。そもそもチャクラとは放射状にスポークが展開するあの車輪だからこそ、インドにおいて聖なるものではなかったのか。大体、いくら同じ車輪とはいえ、あの極めて特殊な0式新幹線の輪軸とシヴァ・リンガムを重ねて見るなど、あまりにも短絡的かつ突飛過ぎはしないか。
私は新たに開けた視程に眩暈に似た興奮を覚えつつも、この件はいったん保留し次なるターゲットに的を絞ったのだった。
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