
キュビスム展に6回行った話 ─本当に美の革命だった─
●2024年3月23日追記
キュビスムの記事を書きました。よろしければこちらもご覧ください。
これは国立西洋美術館で開催された「キュビスム展──美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」(2023/10/3~2024/1/28)にめちゃくちゃ感化され、何度も行ってしまったよという回顧録。ピカソとキュビスムは決してイコールではないことを思い知らされた。私が伝えたいことは
「キュビスムを知らない人ほど行け! ピカソの絵に対する苦手意識からこの機会を見逃すのであれば、それは非常に勿体ない!!」
これだけで、ここから先の文章ははちゃめちゃに楽しんできた私の手記だ。過去一文章量のある(約15,000字)大作記事と相成ったが、このキュビスム愛を短くまとめることは不可能だったから許してほしい。ご興味を持っていただける方にとっては退屈ではない読み物になっている……と思う。また、典拠をもとにキュビスムの定義を咀嚼、解説してみた。そしてネタバレ過多につき要注意、前情報なしで観たい方は絶対に読まないで! (観たあとに読んで)
しかし行け、といってもこれを投稿する頃には国立西洋美術館での展示は終わっている。キュビスム展は3/20~7/7に京都市京セラ美術館でも開催されるため、そちらの参考にしていただければ幸いだ。なお撮影可の作品をいくつか掲載していくが、実物に勝るものはないので観に行ってください本当に。50年に一度と言われるその規模に偽りはないと感じた。
はじめに キュビスムを識らない私
キュビスム。実はつい半年くらい前までは興味の欠片もなかった。ピカソといえばあの「ゲルニカ」のような絵を描く人であるという思い込みがあり、正直なところ私はそれらの絵画たちが苦手で敬遠していた。そして「アビニヨンの娘たち」、「泣く女」、「ゲルニカ」といった教科書で見たことがある「苦手な絵」、それがキュビスムなのだと、愚かにも「立体主義」の意味を考えずに勘違いしていたのだ。(もちろん立体主義的な造形語彙はキュビスム期以前の「アビニヨンの娘たち」にも、以後の「ゲルニカ」等にも認めることはできるのだろうけど) 「パブロ・ピカソ」と「キュビスム」という2つのビッグネームは私の中で不協和音の二人三脚を歩み続け、この共同性を欠いた連関から膿み出た誤謬は長い年月を経て致命的なものへとなりかかっていた。↑ピカソの印象でキュビスムを敬遠してるかつての私と同じ人々、こんな状態ではないだろうか?
私のピカソといえば……
というイメージにぴったりの絵↓

国立西洋美術館 常設展示品
しかしそんな誤った認識を覆す契機になった出来事がある。SNSで知り合った友人たち数人がキュビスム展に行き、その感想を展示品たちの写真とともに教えてくれたのだ。キュビスムといえばピカソと(名前だけ知っていた)ブラックの2人が行っていた活動だと思っていたのだが、他にもキュビスムに参加した芸術家は数多くいたこと、多種多様に派生した運動が存在することを知った。
感想を教えてくれた方のひとり
いととと氏のキュビスム記↓
特に衝撃的だったのはフアン・グリスの絵。「全然ピカソじゃないじゃん!」と思った。……言葉にしてしまえば至極当然、当たり前のことなのだけど「苦手な絵」しか知らなかった私は、彼の分かりやすくキューブっぽい絵とその美しさに心底驚いた。キュビスムの裾野はこんなに広かったのか! 50年に一度と言われる大規模な展覧会を見過ごすわけには行くまいと、俄然興味が湧いてきた。なにせパリ、ポンピドゥーセンターから50点以上もの日本初出品の作品が展示されるのだ。

1回目に行ったときの写真。
いかにもキューブって感じがするし構図も良い。
キュビスムとは何か?
つらつらと展覧会の感想だけ書いても良いのだけど、キュビスムとはなんぞや? という問いに触れておきたい。本来はその歴史も知らないとキュビスムの革新性の理解は難しいのだが、それらの話も含めると長くなりすぎるためこの際カットさせていただこうと思う。
参考文献欄に私が観たYouTubeの動画をいくつか紹介する。キュビスムをもっと知りたくなった方はそれらの視聴を強くおすすめすしたい。また同じく参考文献とした東京美術の「アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい キュビスム」という書籍も、キュビスムの流れや同年代の美術動向を広く浅く体系的に知るにはちょうど良かったため、機会があれば読んでみていただきたい。
キュビスムの定義については考察と解説を挟もう。国立西洋美術館の情報誌「Zephyros 88」にはこう記されている。
「伝統的な遠近法や陰影法による三次元的な空間表現から脱し、幾何学的な形によって画面を平面的に構成する試み」
国立西洋美術館特定研究員 久保田有寿氏
国立西洋美術館編集・発行(2023/9/20)より引用
ほ~、なるほど? なんだかすごそうな試みだ。図録にはもっと詳しく書かれているためそちらも見てみよう。
「二次元の絵画平面上に三次元の空間や立体があるかのように見せる遠近法や陰影法といった西洋絵画の伝統的イリュージョニズムの技法を捨て、複数の視点を用いたり、幾何学的形態に単純化された図形によってグリッド(格子) 状に画面を構成することで、描かれる対象を再現的、模倣的、写実的に描写する役割から絵画を解放し、より自律的な絵画を作り出した美術運動である」
キュビスムを理解するために──いくつかの視点
田中正之氏
国立西洋美術館ら編集, 日本経済新聞社(2023), p.16より引用
ふむ、ようは「遠近法や陰影法を捨て、多視点を用いたり幾何学的な図形によって画面を平面的に構成したりすることにより、『現実の真似事ではない絵画』を目指した美術運動」といった感じだろうか。
また同書にはフアン・グリス、そして詩人ギヨーム・アポリネールの言葉としてこういった記述もある。
「フアン・グリスの言葉を借りれば、キュビスムとは『世界を表象する新しい方法』なのである。」
キュビスムを理解するために──いくつかの視点田中正之氏
※「彼」とはギヨーム・アポリネールのこと
「彼が1913年に出版した『キュビスムの画家たち』には次のように記されている。『キュビスムが従来の絵画からはっきりと峻別される点は、キュビスムが模倣の芸術 art d'imitation ではなく、創造にまで高まろうと目指す概念の芸術 art de conception であるということだ』。」
キュビスムを理解するために──いくつかの視点
田中正之氏
これらの言葉の意味をもう少し紐解いてみる。例えば目の前にあるヴァイオリンを極めて写実的に─西洋の伝統的な技法、遠近法や陰影法を用いて─描くとしよう。このとき表現者は現実世界の表象としてのヴァイオリンをそのまま描画したとも言え、目に見えたものをただ真似して絵画という媒体へと落とし込んだに過ぎない。つまり、このような西洋に従来からあった造形技法から生み出された絵画を模倣であるとし、より創造的な概念としての芸術を、そして世界を表象する新たな方法論を希求したのがキュビスムということではなかろうか。キュビスム展の音声ガイドによれば19世紀中頃には写真が登場し、自然をそっくりに描いていたそれまでの西洋絵画の存在意義が覆されたという。絵画にしかできない表現を模索した先駆者たちが起こした運動のひとつ、それがキュビスムだったというわけだ。
ちなみに先に紹介したいととと氏の記事において、氏はキュビスムを「カクカク芸術運動」と呼びかえている。実際絵を観るとカクカクしているから、今まで記したような難しいことを考えずこのように理解をしても良いのかもしれない。(と言ったらめちゃくちゃ詳しい人に怒られてしまいそうだ……)
説明するより見てもらった方が早い! ということで、次の項目からは企画展の感想等を行った回ごとにお話しする。
【超重要】外にあるブロンズ像、エミール=アントワーヌ・ブールデル「弓をひくヘラクレス」の尻と常設展示品であるジョアン・ミロ「絵画」を撮ってくるのが西洋美術館に行ったときのマイブームであるため毎回載せる。
1回目 平面的に視る
1回目は12月17日、弟と2人で行った。このときはまだ何回も行くことになるとは思っていなく、記録に残そうと撮っていい作品をひたすら写真へ収めていた。「絵を絵として平面的に視る」といった感じだった。
●UENOに


─キュビスム展入場─
●セザンヌの人物、風景、静物画がある!
近代芸術の父の絵を間近で複数観られるのはとても勉強になる。
●アンリ・ルソーの絵、ちょっと怖いかも
●アフリカ彫刻は摩訶不思議な造形!
惹かれるのも分かる。でもこれを蒐集して家に置いておくと、夜見たときに不気味に映る気がする。
●ブラックによるレスタックの風景画等
「キューブに還元している」と評され、のちに「キュビスム」という名前が生まれる要因となった絵画たち。「セザンヌ的キュビスム」と呼ばれるらしい。たしかにキューブっぽい。

「レスタックのテラス(1908)」
これが"キューブ"と評された絵たちか~。
カクカク芸術運動してるな~。

右「楽器(1908)」
カクカクしてるぜ。
●分析的キュビスムがめちゃくちゃ刺さる
シックでかっこいい。モチーフが解体されすぎていて何がなんだか分からないけど、その見た目からは推し量れないくらいの観察をしているんだろうな。研究の痕跡が見て取れるし、ピカソとブラックの「ザイルで結ばれた2人」が楽しくやってたんだろうと考えると微笑ましく思えた。

ギター奏者と言われても全く分からんけど良き。

「ヴァイオリンのある静物(1911)」
マジでかっこいい。結構大きくて強いインパクトを受けた。今回の展示品の中で1番好きかも!
●総合的キュビスム
こちらもかっこいい。まだこの時点では総合的の意味はよく分かっていなかった。


●フェルナン・レジェの絵。マ○クラ?

●フアン・グリスの絵
キュビスムに興味を持つきっかけにもなった彼の絵は、やはりカクカクしていてキューブっぽい。色彩もピカソらほど限定していなくて鮮やかだ。

●ロベール・ドローネー、ソニア・ドローネー夫妻のオルフィスムや同時主義にも強い衝撃を受ける
色彩を放棄し対象物を解体・再構成しながらも具象から外れなかった分析的キュビスムとは対照的に、カラフルな抽象表現へと変貌を遂げることとなる同時主義。正反対だけどどっちもいい!

展覧会のメインビジュアル。圧巻の大きさ!

抽象画が好きなのでね、とても良いですね。

「シベリア横断鉄道とフランスの
小さなジャンヌのための散文詩(1913)」
よく見ると上部に人、下部にエッフェル塔のようなものが見える。車窓からの風景なのかな?
●ピュトー・グループ
幾何学的だったり動きがあったりと異質な印象。「セクシオン・ドール(黄金分割)」の名がぴったりだ。

「チェスをする人たち(1911)」
便器の人の絵画作品を観られるだけで感動だわ……。

天然の鉱石のような色彩と幾何学的な線。

「色面の構成(1910-1911)」
ステンドグラスと見紛う美しさ。
●メゾン・キュビスト
かっこいいね。入って暴れたいね。

●モディリアーニ!
顔が長い人物画を描く人というイメージが強かったけど彫刻も作っていたのか。そしてキュビスムの影響も受けていたんだな。

やっぱり長い。
●ロシア・アヴァンギャルド、立体未来主義
独自の進化を遂げているように見える、これまた一風変わった作品たちだった。

かっこいいな。
●第一次世界大戦最中のキュビスム
大戦によりピカソとブラックは離れ離れに、そしてデュシャン3兄弟の次男デュシャン=ヴィヨンは戦地で病を患い、18年に亡くなる。悲しすぎる。

「大きな馬(1914, 1966年に鋳造)」
展示室内に鎮座するその姿には息を呑む。
●1918年「ピュリスム(純粋主義)」が宣言される
うーん……。美しい絵だけど今までに見た作品たちに圧倒されすぎて、それらと比べてしまうと印象が薄いな。あと5年早く登場していたら90点くらいあげていたのにな。
──というのもこの日の1週間くらい前、「芸術家版M-1グランプリ」とも言える遊びに参加していた。そのときル・コルビュジエは見事決勝に進出したのだけど、私含め審査員のほとんどが同じく勝ち残っていた「空間概念」のルーチョ・フォンタナに票を投じ、結果敗北を喫したのだ。こうして私の中に、「ピュリスムは(空間概念と比較して)インパクトに欠ける」という謎の固定観念が生まれてしまっていた。ル・コルビュジエに失礼すぎる。

国立西洋美術館本館を設計したすごい人だ。

●「バレエ・メカニック(1923-1924)」という映像作品
おお……、おお? 不思議すぎるのよ。嫌いじゃないけど頭がおかしくなりそうだ。【MoMA | Fernand Léger. Ballet mécanique. 1924】(英語の解説記事)
─キュビスム展の観覧終わり─
●図録は買うべし!
ポストカードとシールも購入。

●常設展はさらっと鑑賞
30分くらいで回り、ミロの絵を撮影してきた。

●後日談
キュビスム展にアホほど感銘を受け、私も参加している芸術運動「現代4コマ」にて、「分析的キュビスム」と「オルフィスム・同時主義」をモチーフにした4コマを描いた。どこが4コマなのか明確に分からないように見えるのはわざと。

塗りと色合いはブラックをリスペクト!

パフェを食べ進める様子を時空間的に表現。
作品解説はこちら↓

2回目 立体的に視る
1月8日、1人で上野へと赴く。この日の数日前に知り合いがマチエールについて熱弁していたため、この日は絵肌に着目して鑑賞しようと思った。1回目は撮影や解説の読解に気を取られてしまっていたのだ。また前回は使用しなかった音声ガイドをつけてもらった。「絵画を様々な角度から鑑賞、そして音声ガイドも駆使して多視点から立体的に視る」日となった。
絵の前でさながら屈伸運動のようなムーブをかましていたため、他の人たちからは不審者のようにも見えたことだろう。写真はあまり撮っていないため、絵肌が気になったものを中心にピックアップし感想を述べることとする。
●UENOに


─キュビスム展入場─
●ルソーの絵にはまだ抵抗感が……
でも独学で努力していた人と知り、ちょっと見方が変わった。
●分析的キュビスムはかっこいいぞ
やっぱりピカソとブラックの分析的キュビスムはいいなぁ。うちに飾りたい……。
●総合的キュビスムを改めて観察する
ブラックの作品には絵の具に混ぜ物を入れたものがあるらしく、確かに凹凸が見て取れる。これは前回気づけなかったことだ。(拡大したものを撮るのを忘れた)

絵の具におがくずを混ぜているらしく、
よく見ると絵肌がボコボコしている。
●オルフィスム、同時主義もやっぱり良い!
●ピュトー・グループ、ピカビアの絵のマチエールやべぇ!


めちゃくちゃ塗り重ねられている!
触ってみたい。
●東欧の画家、セルジュ・フェラ
総合的キュビスムの影響を受けているのか、混ぜ物でごつごつした絵肌だ。

「静物:グラス、パイプ、ボトル(1914-1915)」

砂が入っている。ごつごつってレベルじゃねぇ!
●おそらくキュビスム期後半のピカソ

結構大きな作品で見応えがある。
これは1回目に行ったときに撮ったもの。

こちらは2回目のときに撮ったもの。
絵の具に砂を混ぜているそうで絵肌はガッサガサ。
●ピュリスム
前回よりかなり良い印象を受けた。審査員的視点が抜け落ちたかな。
●「バレエ・メカニック」は今回もよう分からん
─キュビスム展の観覧終わり─
●シールを購入
シールは行くたびに買い、旅行記のノートへ貼り付けている。文字記録とともに残すことで、いつか見返したときにキュビスム展のことをより鮮明に思い出せるだろう。

●常設展は今回も30分足らずで回る
例に漏れずミロの「絵画」を撮った。

3回目 分析的に視る
1月19日。前回とは違いキュビスム展の解説動画をいくつか見たうえ、図録の文章も流し読みをしていた。また音声ガイドも借りて、「ある程度知識をつけたことで分析的に視る」ことができた。また「イタリア未来派」の存在や、キュビストたちの多くが点描→フォーヴィスム→キュビスムと移行したことを知りこれも大変参考になった。
企画展に4時間くらい滞在したあと、常設展をいつもよりしっかりと1時間くらい観てきた。
☆「山田五郎 オトナの教養講座」より2本
※期間限定公開
☆「MEET YOUR ART」より1本
●UENOに


─キュビスム展入場─
●ルソーの絵の印象が変わってくる
3回観ればもう愛着が湧いてきたわ。うちに来てもいいのよ。
●キュビスム以前から総合的キュビスムまでのセクションに居すわる
おそらく1時間半くらい滞在していた。キュビスムの源泉やピカソとブラックの共同実験を観たいがために、ここではいつも歩みが遅くなる。そして分析的キュビスム等に見られる彼らの筆遣いが好みであることに気づいた。

「ヴァイオリンのある静物」一部
とても触ってみたい、指向性のある筆致……。
キュビスム以前は色彩豊かなフォーヴィスムを
やっていたようだ。ここからは想像もつかない。
●ピカソやブラックらが取り入れたパピエ・コレやトロンプ=ルイユ(だまし絵)にも着目しよう
よく見ると絵の中に紙片が貼り付けられていたり、大理石や木目調の模様が施されていたりする。2人の総合的キュビスムはもちろんのこと、それに続いたキュビストたちの絵にもその技法が用いられていることがあり面白い。
パピエ・コレとは
「フランス語で〈糊付けされた紙〉の意。キュビスムの絵画技法の一つで,画面に新聞,壁紙,楽譜等の断片をはりつけること。画面になまの現実感と迫力をもたらす。」


画面右に木目の模様がある。
若い頃は装飾画家の訓練を受けていたらしい。


パピエ・コレが施されているのが見える。
●動画や図録で勉強して得ていた知識が鑑賞のときに役立った絵画たち

彼も点描の道を通っているらしく、
この絵からはその要素が見て取れる。
これもかっこよくて好きな1枚。

2回目までは面白い絵だなとしか思ってなかった。
しかしイタリア未来派の存在を知ったあと、改めてこれを見るととても未来派的であると感じた。

「大通りのヴィーナス(1912-1913)」
立体未来主義のコーナーに展示されていただけ
あり、キュビスムっぽいし非常に動的な絵画だ。
●1910年代のはしか
山田五郎氏は音声ガイドとご自身のYouTubeチャンネルにて、「キュビスムは1910年代のはしか」で当時の芸術家は皆それに罹ったと言っていた。シャガールの絵からも多視点・幾何学的な画面構成のエッセンスが汲み取れる。

「ロシアとロバとその他のものに(1911)」
ロシア語・イディッシュ語では夢想ふける人の
ことを「頭が飛び立っている」と言うのだとか。
(音声ガイドより)
●モダニズムとキュビスムの関係を考える
山田氏は前項の話題と同様音声ガイドと動画にて、キュビスムのような分からないものが好まれる理由の説明として「モダニズム」を例に挙げていた。モダンな白い壁にはルネサンスや印象派の絵画よりキュビスム絵画や抽象画の方が似合うだろう、キュビスムは単なる美術運動ではなく、モダニズムというより大きな流れに先鞭をつけた動きだったのだ、と。ああなるほど、確かにモダンな家にはキュビスムの絵を飾ってみたいな。
そしてピュリスムを宣言したのち建築家として名を馳せることになったル・コルビュジエは、いったい何を思い図面を描いていたのだろう。西洋美術館を設計したとき、いつか自身の作品が展示されることを想像していたのかな。……不意に込み上げてきた妄想はとどまるところを知らない。(後で調べたら、開館間もない1961年にル・コルビュジエ展が開催されていたことが分かった)

「水差しとコップ──空間の新しい世界(1926)」
これが家に飾ってあったらめちゃくちゃいいな。
インパクトに欠けるとか言ってごめんよ。
●「バレエ・メカニック」を1周半、約20分くらい見続けたがよく分からない
─キュビスム展の観覧終わり─
●売店にて愚行を働く
度重なる読み返しで図録がボロボロになる予感がしたため買い足す(バカ) クリアファイル、ポストカード、シールも購入。

あと図録の残機が1増えた。
●常設展は1時間くらいかけてそこそこ観てきた
キュビスム展にも出展された画家たちの絵画もいくつか展示されている。具体的には2024年1月時点でポール・セザンヌ2点、ポール・ゴーガン2点、フェルナン・レジェ1点、パブロ・ピカソ3点、ル・コルビュジエ2点だ。(見落としがなければだが……)
特にピカソとレジェ、それにル・コルビュジエはそれぞれキュビスム、ピュリスム以後の作品であるため、造形や色彩の変化を感じ取ることができ非常に興味深い。西洋美術館に行かれることがあれば、これらの作品も観ていただきたい。

●小企画展でアカデミー画家の作品を鑑賞する
こちらの小企画展も今まで流し見だったところをゆっくり見てきた。1850年代から1900年代頃におけるアカデミー画家の作品たちが展示されている。極めて具象的な人物画が多く、ピカソの「肘掛け椅子に座る女性」あたりと比較してみると面白い。

●後日談
キュビスムの本を買ってしまう。ブラックやピカソの分析的キュビスムに見られた「指向性のある筆致」はおそらく「構成的筆触」というものであろうことが分かった。セザンヌが編み出した技法だそう。また境界を筆触により曖昧にする「パサージュ」も知った。
図録と併せて読むことで、キュビスムや同時代の美術の動向、そしてそれらに関わった人物たちを体系的に知ることができとても勉強になった。間違いなくおすすめできる一冊だ。……この本に言及しすぎるとますます文章量が増大するため、今後は文献として参照するにとどめておこう。

あはははは あはははははは あはははは
フルカラー本 80ページ (5・7・5・7・7)
4・5回目 総合的に視る
1月26日。新たに手に入れた「もっと知りたいキュビスム」や図録の読み込み、そして別な動画を視聴したことで3回目よりキュビスムに対する造詣を深めた。付け焼き刃ながらも「持てる知識を使い総合的に視る」こととなった。そして1日に2回入った。1回目は音声あり、2回目はなし。1回目のときに改めて撮影できるものをすべて記録し直したりたくさんメモを残したりして、2回目は目を見開き観察に専念した。何度行っても感動や新しい発見があるものだ。
実は合間にモネ展を観に行くつもりだったが、人が多すぎて諦めた……。
☆美術解説するぞー ビジュラジオ
●UENOに


─キュビスム展入場①─
●(一定期間に限り)親の顔より見た呪物

●覚えてきた構造的筆触とパサージュを観察しよう
残念ながらセザンヌの絵は1つしか紹介できない。そのためブラックとピカソからも1作品ずつ取り上げよう。

空は構造的筆触の特徴が出いてるかな?
筆致が揃っているように見える。
空と木々はパサージュによって境界が曖昧だ。

「レスタックの高架橋(1908)」再撮影
セザンヌ的キュビスム。構造的筆触がよく分かる。

分析的キュビスム。
パサージュだろうか。
人物像と背景の境界が曖昧だ。
●今回もキュビスム以前から総合的キュビスムのセクションに長期滞在する
●撮影できないじゃん! メッツァンジェ
撮影できないため紹介していなかったが、ジャン・メッツァンジェ「自転車乗り(1911-1912)」という作品がとても好き。カラフルな油彩画であるほか砂の混ぜ込みやコラージュもあり、さらに動的で面白い絵だ。是非調べてみてほしい。同じ題の作品がいくつかあるようだが、徳島県近代美術館所蔵のものだ。
●「チュビスト」レジェ
円柱状のキュビスム絵画を描いたことから「チュビスト」とも呼ばれたらしいレジェ。この日より前に、図録に書かれた年表を見たらブラックの絵をキューブと言ったのも、レジェにチューブと言ったのも批評家ルイ・ヴォークセルであることを知った。ことごとく芸術運動の名称にされていて面白い。
そしてこのレジェが訳分からん映画、「バレエ・メカニック」の制作に関わることになるんだよな……。

円柱だ!
●クプカのサインが可愛いことに気づく
小さく優雅に丸みを帯び、奇麗に収まったそのサインはなかなか可愛らしい。


●ピカビアの「赤い木」の絵肌は何回観てもすごい
●めちゃくちゃ荘厳な印象の絵
レオポルド・シュルヴァージュがエッティンゲン男爵夫人を描いた絵。左右の端に描かれた静物画、画面下側の階段を昇降する人影、カーテンやマットレスの装飾等細部にわたって凝ったつくりになっており、とても見応えのある作品。観る回数を重ねるごとによりいいなと思えてくる。

「エッティンゲン男爵夫人(1917)」
●バレエ・メカニックを良い位置で観る
見飽きるけど面白い、理解できないけどだんだん好きになる不思議な作品だ。
─キュビスム展の観覧終わり①─
●上野の森美術館に向かい撃沈
代わりに国立博物館に行ってきた。その道中、水でストリートアートを描くおじいさんを見かける。博物館の話は省く。

●UENOに

第2ラウンドだ! 暗くなってきたぞ!

─キュビスム展入場②─
●画商カーンヴァイラーが長生きだったことに気づく
一次大戦が始まる1914年までピカソとブラック、それにグリスやレジェらと専属契約を交わした画商、ダニエル=アンリ・カーンヴァイラー。生没年は1884-1979らしい。めちゃくちゃご長寿だった。
●ここにある展示品はほとんど100年以上前のものだよな
お気に入り、ブラックの「ヴァイオリンのある静物」の鑑賞中にふとそんなことが頭に浮かぶ。芸術に興味を持ち始めた少し経った今日、100年前の作品たちを間近で、しかも同時に複数観られるのは感謝しかない。そしてキュビスム展が開催されたのが今で本当に良かった。仮にこれが1年前だったとしたら来ることはなかっただろうな。
●ピカソ「少女の頭部」でトリサン発見
絵の中央下にトリサンを見つけた。キュビスム展、5回目でも新鮮だ。

下部に小っさくトリサンが描かれている。
●見えない部分も描き入れてしまっている
キュビスムの造形語彙のひとつとして多視点が挙げられるが、フアン・グリスの「楽譜」は本来なら隠れるところを影? として表出させている。ある意味これも多視点からの風景を一画面に合成していると言えるだろう、とても面白い。

●ピカビアの「赤い木」は何回観ても最強のマチエール!
●またトリサン
ネオ・プリミティヴィズムの絵画、ミハイル・ラリオーノフ「春」。画面左にイノシシっぽい動物がいるのには気づいていたが、右上にトリサンもいた。

これは4回目の写真。トリサン……!
●バレエ・メカニックを座席中央のこれまた良い位置で観る
もう5回目になるし約14分拘束されるから観なくても良いんだけど、そうすると後悔しそうな気がしたため結局上映コーナーに吸い込まれる。
─キュビスム展の観覧終わり②─
●購入品(2回まとめて)

●常設展はノルマ達成のためだけに

●すっかり遅い時間になる
1回目約4時間、2回目約2時間、その間の行動約2時間とずいぶん歩いた。開館とほぼ同時の朝9:30には上野にいたのに……。

18時過ぎの様子。また最終日に会おう……!
6回目 回顧展のつもりで観る
会期最終日の1月28日。前々日の4・5回目の観覧に加え、前日も一日中出歩いていたため下半身の筋肉痛がまったく癒えていない。これまでの各回のタイトルには「注意深く観察する」という意で「視る」の字を当ててきた。しかしこの日は最後の観覧日、ただただ心の赴くままに視線を走らせて「観る」ことにした。かつてピカソらがセザンヌの大回顧展から刺激を受けたように、この日は私にとってキュビスムの回顧展だ。今回も音声をつけた。
●UENOに

●たくさん人が並んでいる
モネ展ほどではないものの、9:30の開門前にもかかわらず西洋美術館の外には長蛇の列が。
●ル・コルビュジエ設計の本館

西洋美術館本館を撮影。考える人が邪魔な人に…。
●25分頃開門

─キュビスム展入場─
※この日はあまり写真は撮っていないためテキストのみが多め
●セザンヌのストローク(筆触)とてもいいな
●税関吏ルソーも6回観れば愛おしい
●分析的キュビスムは何回観ても難しい
かなり抽象的なんだよなぁ。相変わらず何が描かれているのかよく分からないけどかっこいいし筆触が素敵だ。

「レスタックのリオ・ティントの工場(1910)」
遠近感が完全に死んでいる。ところどころに見える
屋根の形状で風景画であるとなんとか識別できる。

「ヴァイオリンのある静物(1911)」(再撮影)
さらば……。いつかまた観られるといいな。
●考えることは皆同じ
1回目の項目で紹介したフェルナン・レジェ「縫い物をする女性」を観て「マイ○クラフト?」と言ってる人がいた。
●パリ市も……またいつか……

大作を観られて良かった。
●バレエ・メカニックはしっかり観てきた
展覧会で観られるのはこれが最後だと思っているとなんともいえない気持ちになった。
●キュビスム展ありがとう
撮影等あまりしていない割には3時間半くらい企画展に滞在していた。いやー本当に楽しかったな。捻り出せば話すことはいくらでもあるのだけど、書き出すのはこのくらいにして心に留めておくことにする。
─キュビスム展の観覧終わり─
●後で清書しないと……

どこにどの作品があったか記録しておけば
後から思い出しやすいからね。
●購入品

チラシ等をまとめよう。
●疲労困憊のため常設展はそこそこに


●最後くらいしっかり撮ってやろう

「弓をひくヘラクレス(1909, 原型)」
●さらば

●note書いてます
13:40頃美術館の外に出た。昼を食べるにはまだまだ混んでいそうな時間帯のため、近くのベンチで執筆の続きをしている。(現在14:25)
まとめ キュビスムは美の革命だ!
さて、今回の展覧会のタイトルは「キュビスム展──美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」であった。もう疑う余地もない。キュビスムはまさしく美の革命だったのだろう。100年経った今でも私のように興味のなかった者でさえ魅了してしまうその力は、革命の名にふさわしいと感じる。
展示品たちからはキュビスムの革新性、キュビストたちの魂、そしてそれらがモダニズムなどの近現代の様式にどれだけ影響を与えたかを窺い知ることができた。また「苦手な絵」を描く人だったピカソの印象もだいぶ変わり、今まで敬遠していた彼の絵画を「これいいな」「これ雑だな……」と面白がって観られるようになっていた。
そして何より楽しかった! 同じ映画を映画館で何度も鑑賞する人がいるとは言うけれど、それも似たような心持ちなのだろう。実際にそこへ行き、直接観ないと得られない養分があるのだ。初めてキュビスム展に赴いたときから会期最終日までの約1カ月間は、キュビスムに傾倒していたと言っても差し支えないくらいには展示された作品の鑑賞、そしてそれらに記された言語の読解・吸収へとリソースを割いていたと思う。いや、時間と金のリソースを使いすぎたと言った方がいいな。本記事はお題「#今月の振り返り」に参加しているが、キュビスム漬けの1か月だった。
本当はもっとチュルチュルと栄養素を吸い取りたかったが展覧会に逃げられてしまったため、私のキュビスム展にまつわる手記も一旦筆を置くこととしよう。最後に──
まだキュビスム展を観覧していない人へ。この記事を見て満足するな! そうだ、京都へ行け! 私も行きたいな……
ここまでおつきあいいただき、誠にありがとうございました。
──────────

挑戦する予定です。いつになるか分からないけど。
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○編集後記2/11
キュビスム風4コマの練習として、ピカソとブラックの技法を会得するために現代版総合的キュビスムを描いた。
ぶどうのスケッチが描かれた紙片を画鋲で画面に貼り付けた(パピエ・コレ)という設定で、画鋲と紙片の周辺だけリアルに描いてだまし絵(トロンプ・ルイユ)にしているところがこだわりポイント。
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参考文献等
書籍
○「キュビスム展──美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ(キュビスム展図録)」, 国立西洋美術館ら監修, 日本経済新聞社(2023)
○「アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい キュビスム」, 松井裕美著, 東京美術(2023)
動画
○山田五郎 オトナの教養講座 ※2本とも期間限定公開
・ 【キュビスムって何?】始まりはピカソじゃなかった!?「キュビスム展」コラボ企画
・ピカソ超えの超重要画家たち【シャガール!コルビュジエ!ドローネー!】キュビスムを広めたのはこいつらだ!!山田五郎徹底解説【キュビスム展コラボ企画・期間限定公開】
○「アートと出会う」現代アート専門番組【MEET YOUR ART】
・【アート講座】この動画を見ればキュビスムがわかる!|冬休みに絶対行きたいキュビスム展|講師・田中正之
○美術解説するぞー ビジュラジオ
・どこが革命だったの!?50年ぶりのキュビスム展を元美術教員が徹底解説!ビジュラジオ#35 アート解説 美術解説 国立西洋美術館 キュビズム
Webサイト
○「キュビスム展 公式サイト」, 国立西洋美術館
○MoMA | Fernand Léger. Ballet mécanique. 1924
○パピエ・コレ - コトバンク - 百科事典マイペディア
○「ル・コルビュジエ展」, 国立西洋美術館
その他
○「Zephyros 88」, 国立西洋美術館編集・発行(2023/9/20)
○「キュビスム展 音声ガイド」, 株式会社アートアンドパート
○キュビスム展, 展示室内の各説明文
2024年4月17日追記
京都にも行ってきた!