第7回② 葉山町から全国へ! 生ごみ処理容器キエーロを考案 松本信夫さん、松本恵里子さん
前回は、キエーロ考案者の松本信夫さんと恵里子さんに、キエーロ開発のきっかけや仕組みを伺いました。後半では、松本さんのキエーロ普及の活動や、被災地支援、新たなキエーロ登場について綴ります。
たくさんの生ごみ処理機の中でも、キエーロが使いやすく、続けやすいコンポストなのかを知ることができた。しかし、いざキエーロを使ってみてみたいと思っても販売しているお店はというと、身近なところでは販売していない。また、すべて手作りのため、値段も木枠型4万円、ベランダ型3万3千円~と、トライするには躊躇する金額だ。信夫さんのようにDIYの腕があれば自分で作るという方法もあるが、これもなかなか難しい。
「ゼロウェイスト」葉山町の取り組み
多くの自治体では、生ごみ処理機への助成金制度があるが、松本さんの住む葉山町やお隣りの鎌倉市、逗子市では助成金制度が充実している。なんと、役所の窓口で販売。購入後の訪問サポートも無料だ。手軽に安く手に入れられて、手厚いアフタフォロー体制! これなら、気軽に「やってみようかな」と思えてくる。失礼ながら、私の住む自治体では考えられない夢のような対応。うらやましすぎる。
生ごみ処理に対する町役場の本気の取り組みの背景のひとつには、2008年、ごみの広域処理施設建設問題を契機に、葉山町がかかげた「ゼロウェイスト」政策がある。「ゼロウェイスト」の「ウェイスト(waste)」とは、ごみ、無駄、浪費という意味」。「ごみ・無駄・浪費をゼロにする」という政策で、日本では、徳島県の上勝町(2003年)、福岡県の大木町(2008年)が宣言し注目をあびている。
「自然豊かな町の環境を守るために、できる限り生ごみを減らし、資源として活用する」。葉山町では、ごみ減量への取り組みのひとつとして、キエーロを含む生ごみ処理機の体験モニター制度をスタート。松本さんご夫妻も、イベントや交流会で、キエーロを紹介するなど、活動の場を広げていったという。
ベランダdeキエーロの登場
地元で少しずつ、認知度があがるなか、集合住宅や庭がない人でも使えるものが欲しいという声をうけ、信夫さんは2010年「ベランダdeキエーロ」を開発する。
「従来のキエーロは、土の上に直接置くタイプだったので、底板を付けてベランダでも置けるサイズにしました。それまでは、家庭菜園を楽しんだり、土に馴染みのある人の利用が多かったんですが、これなら気軽にキエーロを使うことができるからって、都市部に住んでいる人、若い人たちにも関心をもってもらえるようになりましたね」。
さらに、近年の地球温暖化やSDGsへの問題意識から、全国的にキエーロへの関心も高くなっていったという。
現在、葉山町では木枠型のキエーロ915台、ベランダ型は1343台を販売(令和5年度)。人口約3万2000人の町で、2300台近くのキエーロが普及しているなんて!14人あたり1台が普及する葉山町民のごみへの意識の高さを感じる数字だ。
信夫さんがキエーロを開発してから、はや30年が経つ。
「最初は、地域の情報のサイトに、キエーロのことを載せたら、見せて欲しいと家を訪れる人が出てきて。だったら、もう少し見栄えが良いものをつくろうかなって、ホームセンターに行って木材を買ってきて蝶番をつけたり、ペンキを塗ったりして、今の形になったんです」。
もともと、家のテーブルや棚などを作るDIYを楽しんでいたという信夫さん。その後、友人や知り合いからも頼まれて作るようになり、ほぼ実費で販売。自ら、キエーロと土を車に乗せて配達し、販売後も不具合があれば、無料でアフターケアにも応じてきた。今まで、松本さんが製作したキエーロは、1500台にものぼるという。
キエーロの発注台数も多くなり、現在、葉山町では横浜刑務所にキエーロの製作を委託しているが、信夫さんは、委託のための試作品製作にも協力。イベントや交流会での紹介など、松本さんご夫妻の長年の地道な活動があってこそ、今のキエーロの普及があるのだと思う。
被災地にキエーロを
松本さんは、地元湘南エリアだけでなく、2011年に発生した東日本大震災の被災地、陸前高田、そして今年2024年元旦の能登半島地震の被災地にも足を運んでいる。
「陸前高田には、震災から2ヶ月後の5月に訪れました。陸前高田は、津波で魚の倉庫が流されてしまっていて。町中が魚の臭いに困っていたんです。それに、仮設住宅に、ごみの収集車がなかなか来ないことから、生ごみの処理用にキエーロを活用するために訪れました」。信夫さんは、仮設住宅に住む人たちと一緒に130台ほどのキエーロを作ったという。当初は、生ごみ処理の目的だったが
「陸前高田は、もともと船大工さんが多い地域だったんです。でも、仮設に住むひとたちが家に籠りがちなこともあって、お父さんたちにキエーロを作る大工仕事を手伝ってもらったり、お母さんたちにはペンキで絵を描いてもらったり」。人々が家の外に出て、皆で一緒に活動するきっかけにもなったという。
人々が仮設住宅から復興住宅に転居した後も、キエーロで作った堆肥使って畑を耕したりと、キエーロが人と人を繋ぐ役割となっていったという。
震災から、13年が経過した今でも、松本さんは年に1~2回、毎年足を運び、現地の人たちと交流している。息の長い支援に頭のさがる思いだが、
「なにも特別なことをしているつもりはないんです。私たちもいつ天災に見舞われるかわからないし、お互いさまですよ」と松本さんはさらりと語る。
能登半島地震の被災地では、能登地方のお宅には必ずといっていいほどあった「長持(ながもち)」を活用したキエーロを作成したり、能登の廃材を利用したキエーロを作ったりと、キエーロを使った被災地支援を続けている。
デジタルデータでつくる新たなキエーロ
いいことづくめのキエーロ。しかし、冒頭で述べたように、全国どこでも気軽にキエーロを購入することができないことが、普及への課題だった。松本さんにも、全国から依頼があったが、大きな箱状のキエーロは輸送費も高額だ。しかし、これからは新たなキエーロをネットで、それも手ごろな値段で購入することができそうだ。
その名も「FAB de キエーロ」。鎌倉市が、ホームセンター大手の「カインズ」と協力し、3Dプリンタやレーザーカッター、プログラミングなどを用いて、デジタルデータから作るキエーロだ。
「組み立て式なので輸送費もあまりかからずにすみますし、ドライバーなどの工具も不要で、10分ほどで完成できるんです」。来春の春には、カインズホームのオンラインで販売予定。価格も人件費を削減できることで、従来のキエーロよりも手ごろな値段になるという。
「大きさは、S、M、Lサイズで展開する予定ですが、将来的には好きな寸法での注文も視野にいれています」。というのも、デジタルデータから作るキエーロだからこそ、マイサイズのキエーロの製作が可能になったという。オンラインで気軽に購入できることで、全国的にキエーロが普及していきそうだ。新たな展開に、私もワクワクしている。
取材の中で、信夫さんが、「スペイン語で te quiero(テ・キエロ)」は「愛している」という意味」と教えてくれた。
「そういえば、コンポストで知り合う人に悪い人はいないわね。ほんと、みんないい人よ」と恵里子さん。信夫さんも「生ごみを堆肥にしようという人は、不思議にいい人ばかりなんだよね」。
おふたりが、キエーロを通じて出会った多くの人との出会いが、活動を続けてきた理由のひとつだという。
葉山町からスタートしたキエーロの輪。コンポストを愛する人々の輪は、全国に広がっている。
□ キエーロ葉山HP http://www.kiero.jp/
□ 参考文献・HP
KEIO SFC JOURNAL vol.23 no.2.2023/ 慶応sfc学会刊
生ごみ処理装置“キエーロ”のトリセツをネットワークで創る! /全国キエーロ普及推進協議会制作・著作
□ 取材・写真協力
コンポスト専門店 コンポストフレンズ HP