【第552回】『ザ・シークレット・サービス』(ウォルフガング・ペーターゼン/1993)
アメリカ合衆国の首都ワシントン、コロンビア特別区とも呼ばれる都会的な街並み。新人のアル・ダンドゥレア(ディラン・マクダーモット)はいつもの待ち合わせ時間に遅刻してしまう。道路を渡った角には、既に先輩警護官であるフランク・ホリガン(クリント・イーストウッド)が新聞片手に待ち構えている。慣例として続く後輩の送り迎え、シカゴから来た新人を叱りながら、運転中の彼にピストルを渡す。辺鄙な船着場に待ち構えるニセ札製造業者との取引現場(何と『SAW』シリーズのジグソウの姿!!)、一触即発の状況の中、至近距離の船内から3人の無法者たちを撃ち殺す。その姿は『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』などに主演したかつての西部劇のヒーロー・イーストウッドを彷彿とさせる。フランク・ホリガンの仕事は大統領の護衛に長けたシークレット・サービスである。アメリカでは現職大統領の再選キャンペーンが始まっていたが、そんな時期に大統領を暗殺するとの脅迫状が届く。アパートの管理人の通報により、デンバー出身のジョン・マクローリー(ジョン・マルコヴィッチ)の自宅を調べたフランクはクローゼットの中に異様な光景を目にする。壁に貼られた歴代大統領の切り抜き、現職大統領が表紙を飾った「TIME」誌の写真の額部分に落書きされた赤い傷跡。男の出生を照合すると、既に11歳で死亡した人物になり代わっていた。翌日、再度彼の部屋に強制捜査に入るが、既にそこはもぬけの殻であり、クローゼットの中には、かつてジョン・F・ケネディ大統領の護衛をしていた際の若き日のフランクの写真が貼られていた。
フランクはかつて、ケネディ大統領暗殺事件を防ぐことが出来なかった負い目を感じて生きている。妻とは既に離婚し、酒浸りの生活を送っていた彼は、いまだにシークレット・サービスの第一線で働こうとするが、やはり加齢には勝てない。少しの距離を走っただけで息が上がり、署内で昼寝をしているだけで、心臓発作と間違われて救急車を呼ばれる有様。主人公に忍び寄る老いに対し、それでも第一線にしがみつこうともがく姿は、『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』の一等軍曹トム・ハイウェイ、かつて殺人鬼だった『許されざる者』のウィリアム・マニーを彷彿とさせる。ジョン・マクローリーから度々かかってくる電話、逐一行動を見張られる静かな恐怖は『タイトロープ』のウェス・ブロック刑事のように、湿った恐怖を纏う一級品のサスペンスを醸成する。また犯人の静かなサイコ・キラーぶりは『ダーティ・ハリー』のスコルピオの造形をも彷彿とさせる。『ダーティ・ハリー』シリーズでは一貫してヴェトナム戦争帰りのサイコたちが快楽殺人に愉悦の笑みを浮かべたが、今作でもジョン・マクローリーは自分の痕跡をことごとく消していくシリアル・キラーである。アパートであった住人たちが、ジョン・マクローリーの姿を曖昧にしか覚えていないのも無理はない。彼は変装の名人であり、元CIAの暗殺要員として最前線に立ちながら、相棒の首を掻き切り、CIAから除名された男だった。部屋に置かれたマイルス・デイヴィスのCD、酒場でつまびくピアノの調べ、ブロンド姿が美しい勝ち気な同僚職員リリー・レインズ(レネ・ルッソ)とのロマンスなど、幾つもの挿話を盛り込みながら描かれる物語は安定感がある。だがリリーとのロマンスに熱心になるあまり、新人のアル・ダンドゥレアの教育がいささか疎かになっているのは否めない。
『許されざる者』において、亡き妻の思い出が彼を善人へと駆り立てたように、ここではジョン・F・ケネディ大統領を守れなかった贖罪の念が、老いた男をいま再び大統領護衛の最前線へと突き動かす。ビル・ワッツ(ゲイリー・コール)との不和、風邪を引いたことによる風船の破裂音と銃声との混濁という致命的ミスにより、一度は護衛を外されるが、幾つかのミスリードを経て、やがて真実にたどり着くウォルフガング・ペーターゼンの骨太な手さばきが素晴らしい。シリアル・キラーを演じたジョン・マルコヴィッチの怪演ぶりも素晴らしいが、何よりペーターゼンのイーストウッドへの愛情が随所に見て取れる。導入部分のまるで『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』のような3対1の銃撃戦もそうだが、中盤以降、遂にジョン・マクローリーの正体を掴んだフランクが彼を屋上に追い詰める場面の配管をよじ登る描写には、往年の『アイガー・サンクション』へオマージュを感じずにはいられない。『ダーティハリー』のメキシコ系であるチコ同様に、弱音を吐いたアル・ダンドゥレアの辞表を受け付けなかったことが後に悲劇をもたらす。『ダーティハリー5』でのサマンサ・ウォーカーとのロマンスに着想を得たのか、ここではネオン煌めくエレベーターが惨劇の舞台となる。ほとんど刑事と変わらない活躍を見せるシークレット・サービスの姿に違和感を覚えつつも、フランクとミッチ・リアリーの善悪の闘いは実に見応えがある。もう少し大統領とフランクの関係性に肉薄出来れば素晴らしかったのだろうが、官僚制度への批判を交えながら、一貫して影の見えない恐怖に挑んだイーストウッドの姿には『恐怖のメロディ』以降変わらない彼のサスペンス嗜好が見て取れる。
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