【第524回】『センチメンタル・アドベンチャー』(クリント・イーストウッド /1982)
オクラホマにある姉一家の大農場、ダストボウルを生み出した黄塵地帯。一家総出で畑を耕す様子は『アウトロー』の冒頭シーンの親子の耕耘を思い出す。『アウトロー』の頃はまだまだ坊やと言える年頃だったが、今作では大きく成長した若きカイル・イーストウッドの純朴な眼差し。そこへ突如、この地域特有の強風が暴れ出す。家の中に身を潜め、竜巻のような砂嵐が過ぎるのを心配そうに見つめる両親の姿。母親は乳飲み子におっぱいをあげながら、絶望的な表情でことの次第を見つめている。そこに現れた1台のリンカーン・コンチネンタル。庭に組み立てられた木製の生け垣をなぎ倒しながら、フラフラと進む車は併設された風車をもぶち壊し、玄関の前に止まる。急いで外へ出た家族は車のドアを開けると、フラフラになり倒れるレッド・ストーバル(クリント・イーストウッド)の姿。「酒を呑んでいるな」と言う義兄ヴァージル(マット・クラーク)がストーバルを引きずりながら家へと運び込み、息子ホイット、通称ホス(カイル・イーストウッド)がストーバルの荷物を運び出すよう指示される。叔父さんの運転席に座り、子供用のカウボーイ・ハットを叔父さんのものと交換する姿に全てが集約されている。ホスにとってストーバルは、少しだけ血の繋がった憧れの存在に他ならない。空室のベッドに横たわるストーバルは明日、ホスにギターのチューニングの仕方を教えると言いながら、苦しそうに咳をする。
昼間の竜巻の惨劇により、姉のエミー(ヴァーナ・ブルーム)とヴァージルの農園は壊滅的なダメージを受ける。長年考えていたカリフォルニアへの移住を、いよいよ実行に移す番だと心に決める。オクラホマ・シティからカリフォルニアまではおよそ3000km弱もの距離がある。自動車で行けば1日がかりの大掛かりな旅になる。そんな不幸の只中にありながら、ホスのまだ幼い心はストーバル叔父さんの魅惑の音楽旅行に興味を惹かれている。ヒリヒリし、咳が出る喉をウォッカで潤し、無精髭をたくわえ、自分が聞いたこともない四方山話を教えてくれる叔父の姿は、厳格な父親の姿とは真逆の様相を呈する。ホスの音楽好きは、父親や母親からの遺伝ではなく、このストーバル叔父さんからの遺伝なのではと思うほど、ホスはストーバルのギターと声に惚れ込んでいる。テネシー州ナッシュビルというカントリーの聖地で行われるオーディションに向かうため、中継地のオクラホマを通りがかったストーバルの荒んだ姿を見て、幼い頃から接している姉は、弟の後見人を息子に任せようと決心する。かつて『荒野のストレンジャー』において、勝気な女を演じ、イーストウッドに力づくで犯された名優ヴァーナ・ブルームの熱演が素晴らしい。一貫して反対する厳格な夫の反応を振り切り、生まれ育ったテネシーの原風景に帰るという祖父(ジョン・マッキンタイア)と共に、男3代のロード・ムーヴィーが幕を開ける。それはホスの大人になるための通過儀礼の旅に他ならない。
小さい頃から綿積みという農作業しかしてこなかったホスにとって、夢のような旅が始まる。夜の鳥小屋から鶏を盗み、売春宿で娼婦を抱き、かなり手荒な大人への道を、ストーバルは優しく見守る。かと思えば牛に襲われ絶体絶命の叔父さんを闘牛の仕草で救い、田舎の留置所の鉄格子を車で牽引し、引っぺがす。鉄格子を引きずりながら走る様子は、『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』のママ・ルース・ゴードンが車体のパーツを引きずりながら疾走した場面を思い起こさせる。傷つき疲れた若者との2人きりの旅は『サンダーボルト』や『アウトロー』で繰り返されてきたが、実の息子カイル・イーストウッドとの旅は、父親クリントにとってかけがえのない旅になったに違いない。猟銃を抱えて脅す場面でも、父親と息子は息の合ったコンビネーションを見せ、事なきを得る。親子三代の旅にジョン・マッキンタイアに代わり、ついてくるのは、詐欺師(アーンスプリガー)にこき使われる女マーリーン(アレクサ・ケニン)である。まるで処女作『恐怖のメロディ』のジェシカ・ウォルターのように「私は妊娠したのよ」とわめき立てるが、この時ストーバルは既に自分の死期を悟っているのである。クライマックスのレコーディングの場面、名うての演奏家たちの名演に思わずステップを踏むストーバルの姿。徐々に表情が青白く、やつれ果てるストーバルを息を呑みながら見つめる甥っ子ホスの瞳。ここではイーストウッドのフィルモグラフィ史上、初めて父親から息子への無言のメッセージが交わされる。クライマックスのホスの後ろ姿に少年の成長が滲む。不死身の男の死にゆく姿が何度観ても泣けて泣けて仕方ない傑作である。
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