【第520回】『ブロンコ・ビリー』(クリント・イーストウッド/1980)

 アメリカはカンザス州、小川のそばに立てられた仮設のサーカス小屋のロング・ショット。時間は真っ昼間から徐々に夕暮れ時になり、空の向こうに夕陽が暮れかかる。田園の中に建てられたサーカス小屋では、今日もドク・リンチ(スキャットマン・クローザース)の軽快な口上で幕を開ける。最初に出て来たのは、蛇使いの踊りを得意とするビッグ・イーグル(ダン・ヴァディス)だったが、今日は失敗し、毒蛇に咬まれる始末。客席は人がまばらで、僅かに子供しかいない寂しい光景。次に出て来た投げ縄の名人レオナード(サム・ボトムズ)は見事な芸を披露し、ようやく真打ちとなるサーカス団の団長ブロンコ・ビリー(クリント・イーストウッド)が登場する。アシスタントには今日が初めてとなる新人の女の子の姿。左回りに回る馬の上で幾つかの曲芸を披露した後、いよいよ今日のメイン・イベントの登場となる。恐る恐る出て来た新人の女の子が上空に投げた皿を、西部一の早撃ちガンマンであるブロンコ・ビリーが正確なタイミングで撃ち抜いてゆく。その投げられた皿の一瞬のショットの挿入は、前作『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』におけるチンパンジーのクラウドの自動車部品の放り投げショットとよく似ている。やがてルーレットにくくられた女は、前後左右がわからなくなるような速さで回転する。青い目隠しをしたビリーは最初の2発の銃撃は成功するものの、ラストのナイフ投げで彼女にケガを負わせてしまう。ブロンコ・ビリーの旅する一座は、未だ理想的な女性アシスタントを獲得出来ていない。

一方その頃、ニューヨークの令嬢であるリリー・アントワネット(ソンドラ・ロック)は、30歳になる今週土曜日までの婚姻のために、遠くカンザスまでやって来ていた。夫のジョン・アーリントン(ジェフリー・ルイス)との間には愛がなく、ただお金持ちだった父親の遺産を受け取る名目で、仮初めの結婚を偽装する。『アウトロー』の高貴な少女から一転し、『ダーティファイター』では主人公を騙す魔性の女を演じたソンドラ・ロックが、今作でも男を鼻であしらう心底嫌な女を好演している。その高飛車な姿は偶然、ブロンコ・ビリーが漏らした「銃の腕が立って、気の強い女」という理想の条件には見事に合致する。カウボーイを全時代的なキャラクターだと冷笑するヒロインに対し、ビリーの怒りは収まらない。ここでのビリーのカウボーイ・ハットはまるで『マンハッタン無宿』のクーガンのように時代錯誤な田舎者の記号として機能する。1980年代、急速に西部劇の勢いが落ち始めた時代、ビリーのストレートなホンキー・トンク・スタイルはもはやカンザスでも時代遅れの産物に成り果てようとしている。個人主義な都会の令嬢であるリリー・アントワネットは当初、田舎町の疑似家族のようなチームワークを見せるブロンコ・ビリーのサーカス団に違和感を持つ。リリーはビリーへの不平不満をあげつらうが、サーカスの仲間たちはその意見にまったく賛同してくれない。やがて明らかにされる彼女の過去、お金持ちで何不自由のない暮らしを謳歌していたが、父親は死に、母親は懇意にしている弁護士と遺産の相談しかしていない。父性を失い、愛を失ったじゃじゃ馬は、ワガママな自分の手綱を引いてくれる新たな父性(じゃじゃ馬ならし)を欲しているのである。

ビリーとリリーの恋の顛末を描く一方で、投げ縄の名人レオナードが逮捕され、その正体が露わになる挿話が泣ける。このレオナードを演じるのは、『アウトロー』で背中を撃ち抜かれた若者を演じたサム・ボトムズである。北軍への投降を最後まで拒否し、南軍の誇りを信じ闘った向こう見ずな若者は、今作ではヴェトナム戦争の逃亡兵として、またも傷ついた若者として造形される。このヴェトナム帰りの若者の傷ついた心は、『ダーティ・ハリー』シリーズでも、『サンダーボルト』でも繰り返し描かれてきた主題に違いない。その他の団員たちの造形も皆一様に弱さを抱えている。黒人であるドク・リンチは元インチキヤブ医者、レフティ(ビル・マッキーニー)は片端の男、ビッグ・イーグルはかつて小説家を夢見て挫折した作家として描かれ、その妻ランニング・ウォーター(シエラ・ペシャー)は実はネイティブ・アメリカンの血を引いていない偽インディアンとして描かれる。このマイノリティの集団によるロード・ムーヴィーは真っ先に『アウトロー』を想起させる。時代遅れの、だが愚直なまでのブロンコ・ビリーの西部劇への憧れは、バート・ケネディの『大列車強盗』を模した途中のケチな強盗や、ヘンリー・ハサウェイの『サーカスの世界』を模した中盤の全焼シーンに結実する。イーストウッドは、ジョン・ウェインの正統後継者として西部劇の灯を守ろうとするのである。ラストの継ぎ接ぎだらけの星条旗で作られたテントが、精神病院の患者たちが作ったものだという点に滲むアメリカの欺瞞、またしても繰り返される賄賂も厭わない横柄な白人警官の傍若無人な振る舞い、リリーの母親の絶望的な描写、ラストのブロンコ・ビリーの子供達へのWミーニングなメッセージ。意に沿わぬ令嬢と田舎男のマッチアップは、奇人変人の男女による恋愛喜劇というスクリューボール・コメディの主題を纏う。実に肩の力の抜けた忘れ得ぬ傑作である。

#クリントイーストウッド #ソンドラロック #ジェフリールイス #スキャットマンクローザース #ダンヴァディス #サムボトムズ #ビルマッキーニー #シエラペシャー

いいなと思ったら応援しよう!