【第496回】『奴らを高く吊るせ!』(テッド・ポスト/1968)
川から牛の群れを陸地へと挙げる牧場主ジェド・クーパー(クリント・イーストウッド)の姿。牛たちの背中には血統を現す焼き印が見える。馬に跨がり、ゆっくりと群れを先導するが、羊の鳴き声を聞いて後ろを振り返る。次の瞬間、ゆっくりと川に身を沈めるジェドの姿。川の中腹ではまってしまった羊を抱きかかえながら、陸地へと上がった男は、対岸に響く大量の馬の蹄の音を聞く。総勢9名の物々しい集団が川を渡り、ジェドの四方を取り囲む。全員馬に乗ったままで、ジェドを威圧する。男たちは最初からジェドの問答を想定し、罠にかけているようにも見える。「この牛は誰から買った?」「その男の風貌はどんな様子だった?」男たちは疑念の表情を浮かべながらジェドに問いかけるが、その問いにも淀みなく答えてみせる。だがジェドが牛泥棒の犯人で殺人犯だと疑わない集団は、やがて彼の首に縄を引っ掛け、対岸まで引きずり歩く。木に括られた吊るし首の縄、馬に半身を乗せられた絶体絶命の状況、やがてリーダー格の発砲に釣られ、ジェドがかろうじて乗っていた馬が勢いよく駆け出す。ショッキングな音楽、脱力した脚のクローズ・アップ、脱糞した男の意識は遠のくが、すんでのところで保安官が通り掛かり、彼を救う。オクラホマ準州で裁きを受けるべきだという男の言葉に従い、主人公は私刑を免れ、法の裁きを受けることになる。かくして男は犯人たちを乗せた護送車でフォート・グラントへと移送される。まるで見世物小屋のような絞首台、娼婦たちの活気、ジェドは他の犯罪者たちと並んで地下牢へと運ばれていく。
セルジオ・レオーネの命を受け、イタリアに渡り作られた「名無しの3部作」を経て、今作はアメリカに凱旋し作られた記念すべき第一作である。前年の67年に本国アメリカで初めて「名無しの3部作」が上映され、一躍新鋭イーストウッドの名前は全米中に轟く。数々の大作映画の主演オファーがイーストウッドに届くものの、彼はビッグ・オファーを全て断り、自身が設立した「マルパソ・カンパニー」の第一回作品として、無名監督だったテッド・ポストに白羽の矢を立てる。そうして作られた今作には、「名無しの3部作」のような派手な撃ち合いはまったく出て来ない。そもそもジェドの人物造形は、かつてセントルイスで保安官をしていたが、今はしがない牧場主をやっている曰くありげな男として登場する。牧場主は丸腰であり、自警するための銃など持ち合わせていない。彼は冒頭、私刑と言う名の一般人の言われなきリンチに晒される。その誘導尋問に乗り、言われなき私刑の犠牲者になるが、ジョン・フォード組の常連だったベン・ジョンソンにより、命を救われる。今となってはこの辺りの配役の妙こそ、西部劇の世代交代を体現しているようにも思える。この導入部分の決定的な信念こそが、後のイーストウッドに脈々と受け継がれた「法律で人を裁くことの難しさ」の素地を形成したのは云うまでもない。『荒野のストレンジャー』、『ペイルライダー』、『アウトロー』、と連綿と続き、『許されざる者』へ至るイーストウッドの西部劇の変遷の源流に、今作は位置付けられる。
イーストウッドの首の痛々しいキズ、この頃はまだ準州だったオクラホマを司るアダム・フェントン判事(パット・ヒングル)との信頼と不和、当初はソフィー(ルース・ホワイト)という名の娼婦に首っ丈だったジェドの命を救うことになる雑貨屋の女主人レイチェル(インガー・スティーヴンス)とのロマンス、見世物小屋のような絞首台にかけられる若者たちの異様な迫力(その内の1人は何とブルース・ダーン!)、フォート・グラントへと向かう道中で象徴的に登場する若き日のデニス・ホッパーの処刑シーンなど、正義とは何かという大義をシリアスに追った物語は多少肩に力が入り過ぎる。「法と正義のアンビバレント」に固執するあまり、正統派西部劇の痛快なアクションよりも、徹底して暴力の虚しさに特化した描写の数々が今の目線で言えばだいぶ冗長に映る。若者たちの吊るし首と自らの生命の危機がほぼ同時に訪れる中盤の名場面、直前に娼婦と一戦を交えた言い訳はあれど、それにしても彼が握ったコルトを発射出来ないのはなぜなのか?イーストウッドがまともな射撃の腕を見せるのは、最初の酒場の再会シーンくらいしかない。2度目の瀕死の重傷を救った美しいヒロインと共有する復讐の念には、深い亡霊のイメージが横たわるのは云うまでもない。物語の突然の断絶を果たすクライマックス・シーンも、イーストウッド×ポストなりの西部劇へのアンチテーゼを孕んでいたのは間違いない。若さゆえの未熟な作品ながら、ここには確かにイーストウッド映画の不穏さの原型が見て取れる。
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