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連載 ひのたにの森から~救護の日々⑦ 被害と加害が同居する

 御代田太一(社会福祉法人グロー)

2500万円恐喝したひと、1000万円詐欺にあった人


「ここでは、加害と被害が平然と同居している」

救護施設で働く中で気付いたことの1つだ。

ある日の昼食時、職員はいつものように配膳や食事介助、薬を配ったりしてバタバタしている。一方、体の元気な利用者はカウンターから1皿ずつ自分でとって席につく。

席は自由だけれど、何となく定位置があって、いつも同じような席順になる。1つのテーブルに6人程度の利用者が座り、雑談をしたり、職員の目を盗んでおかずを交換したりする食事の時間。いつもの光景だ。

食堂

ひのたに園の食堂。実はグッドデザイン賞を受賞している。

そんな時、あるテーブルが目に入った。

利用者同士が食事をしながら、雑談で盛り上がっている。でもその中の男性は2500万円を恐喝で脅し取った罪で受刑歴のある方だった。一方、彼と楽しく話していたのは、1000万円を特殊詐欺でだまし取られて無一文になってしまった女性だった。

本人たちはもちろんそんな事情は知らないが、支援者から見ると不思議な光景だ。そんな風に、最後のセーフティネットでは、被害と加害が平然と同居している。

ヤクザの元組員、という方もいる。同じ組の先輩後輩だった2人が、偶然ひのたに園で再会し「お前久しぶりだな~」なんてこともあった。そんな事情もあって、血気盛んな若い時代を過ごした人は多い。

「映画の日」(隔週開催)では、利用者の希望に沿って上映タイトルを決めるが、結果的に「仁義なき戦い」「アウトレイジ」「ビーバップハイスクール」などバイオレンスな映画ばかりになってしまう。

本物の入れ墨も、初めて見た。お風呂で体を洗っている男性陣の背中には、鬼や天狗など錚々たる絵柄が並んでいることもある。「玉入」の実物も、救護施設での入浴介助中に初めて見た。
玉入(たまいれ)とは陰茎部の皮の内側に、直径5ミリ程度の球状の玉を挿入するもの。いわゆる「イチモツに真珠を入れる」というやつだ。

こうして様々な”初めて”を経験する。学生の時は入れ墨なんて別世界の話だったが、見慣れてしまった自分がいる。でも人から剥き出しの怒りをぶつけられた”初めて”は、さすがに忘れられない。


些細なミスが大騒動に

入職して3か月目、事件が起きた。

江島さん(仮名)という40代の男性は、僕の担当利用者の1人だった。生活支援員には7,8人の担当利用者が割り当てられ、日常的な相談や園内生活の細やかなフォローを担っている。

図

施設で使っていたメモ帳。1日のスケジュールややることを書き留めていた。

江島さんがひのたに園を利用するのは2度目。若いころの交通事故の後遺症で高次脳機能障害を患っていた。園を出てアパート生活をしていたが、持っているお金をすぐに使い切ってしまうため生活が続かず再入所した。
園内では本人との相談のもと、大好きなタバコを買うお金が無くならないよう、数日に一度お金を渡していた。

その日の朝も、いつもの派手なファッションにハットを被った江島さんから「みよちゃん、昼飯終わったら3000円渡してほしいんだけど」と言われていた。

「はい、渡せるか確認しておきますねー」と調子よく返事したものの、覚えたての業務で慌てていた僕は、すっかり忘れていた。そのまま職員の昼休みである12時45分を迎え、支援室に江島さんがやってきた。

「みよちゃん、お金いまもらえる?」
「あ! すみません、まだ確認出来てなくて。」
「え、まだ用意してくれてへんの?」

ハッと思い出し、忘れていた自分を反省した。でも、こっちだって相当バタバタしてたんだ、許してもらえるはずだ。心のどこかでは「昼も夕方も変わらないだろう」とも思っていた。もし本当に今すぐ必要なら、急いで事務所にいって出金の手続きをすればいい。

「夕方になっちゃいますけど、それでもいいですか?」

軽い調子で聞いてみた。今思えば、心の声が言動に漏れていたのかもしれない。その瞬間、江島さんの目つきが変わった。

「なんで用意できてへんの? 俺は昼って言ったやんな? お前俺のこと舐めてる? 」

みるみる距離を近づけられる。やばい、怒らせてしまった。普段は支援者しか入れない支援室に、江島さんはずかずかと入ってくる。

心臓をバクバクさせながら「すみません僕が忘れてました、すぐ用意します」とぼそぼそ伝えたが、時すでに遅し、だった。

「お前俺のこと舐めてるよね? なんで用意できてへんの? 」
「いや、すみません、他の業務でバタバタしてて…忘れてました…」

「お前、俺の担当やんな? 担当やんな? 他の業務とか関係ないねん。俺のお金預かってんやろ? どないしてくれんねん? なぁ、どないしてくれんねん!! 担当やろがぁー!! 」

江島さんは、僕の胸倉をつかみ上げていた。廊下に鳴り響いた大声とただならぬ雰囲気を察知して、職員や利用者が駆け寄ってきた。

「どないしたん江島さん! 事情は分からんけど、ひとまず御代田さんから離れよか? 」
「いや離さんで。どつきまわしたるわ、こいつ」

先輩職員のフォローもあってひとまずその場は落ち着いた。だが江島さんの怒りは収まっていない。事務所にある面談室で、先輩職員も交えて話し合いの場を持つことになった。

話し合い

事務所棟は中がよく見えるよう、ガラス張りになっている


トラウマ級の怒りをくらう

ガラス張りの面談室。6年前に建て替えられた事務棟は天井も高く内装も綺麗で、中が見えるようにガラス張りになっているから開放感もある。

先輩職員2人を加えた4人で面談室に向かい、江島さんが僕に「はいりーや」と促した。

そして僕が入った途端、江島さんもすかさず入り、中から鍵を閉めた。

「お前、ええ加減にせえよホンマに」

まっすぐ睨みつけられた。部屋の中には二人きりだ。机越しに距離を取りながら「はい…」と黙っていると、履いていたスリッパを思い切り投げつけられた。そして椅子を持ち上げ、僕に向けて振りかざそうとしていた。

「江島さん、それはあかんでー! 鍵開けてえやー! 」

外から様子に気付いた先輩職員が、慌ててマスターキーを持ってきて、部屋を開けてくれた。椅子に座ると、ようやく江島さんの怒りも落ち着いてきた。

話し合いの場では、お金を出せないか聞かれていたこと、他の業務でバタバタして忘れてしまったことなどを、時系列とともに整理したうえで、改めて江島さんに謝罪した。自分自身、江島さんの気持ちに向き合えておらず、なんとなく江島さんのことを気にしつつも、自分の予定と気分に身を任せてしまっていたことを痛烈に反省した。

先輩職員のフォローもあり、その場でお金をお渡しして、今後はこういうことが無いように、前もってお金を渡す日を決めておくことにもなった。

カレンダー

お金の約束は、忘れないよう日にちと額を直接カレンダーに書き込む。

それにしても、初めて剥き出しの怒りをぶつけられた、強烈な体験だった。親や学校の先生、先輩や上司に怒られることはもちろんあったが、そこには何らかのメッセージやパフォーマンス的な要素があった。反省して謝れば済むものだったし、本気で僕を攻撃しようとするものではなかった。

でも江島さんの怒りは違った。手の付けられない、純粋な怒りそのものに見えた。その後3日間くらいは、心のダメージを引きずった。

それから1週間、江島さんとすれ違うたびに姿勢を正して「先日は失礼しました。いやな思いをさせてしまって」と頭を下げた。「分かってくれたならええねん、これも勉強や」と江島さんは笑顔なく返事をしてくれた。


「かわいそうな人を助ける」を軽くはみ出す現場のリアル

それから2か月経った頃だろうか。この前の件が話題になることはなくなっていた。そして、江島さんも作業所に通いながらアパート暮らしを始められる目処が立った。作業所の体験実習に行くにあたって、最寄りのバス停までの道のりを確認するため、事前に2人で下見に出かけた。

笑顔で冗談を言う江島さんに、ほとぼりも冷めただろうと、先日のことを聞いてみた。

「江島さん、そういえばこの前怒ってた時、あれ死ぬほど怖かったですよ」
「え、俺が怒ってた? みよちゃんに? 」
「そうですよ、僕の胸倉つかんだりスリッパ投げたり」
「まじで? 全然覚えてへんわ。ごめんな、そんなことして」

まさかのまさか、これっぽっちも覚えていなかった。記憶障害があるとは、こういうことなのか。僕にあれほどのトラウマを残した出来事を、江島さんはすっかり忘れていた。

もう退所まで日にちもないと思い、記憶障害のきっかけになった事故のことも、聞いてみた。

「俺運転しててな、前の車が変な運転しててん。腹立ってな、追いかけまわしたんよ。というか、腹立つといつもそうしてた訳よ、俺は。今でいうあおり運転ってやつやんな。そしたら運悪くその日は事故っちゃってね」

江島さんはあおり運転の常習者だった。だが結果として事故にあい、怪我を負った。当時は奥さんや娘さんもいたそうだが、今は連絡を取っていないそうだ。そのあたりの経緯はわからない。

あおり運転を続けた結果、事故にあい、その後遺症ゆえに生活保護を受給するに至った江島さん。
その江島さんを担当しながらも約束したお金を渡しそびれ、トラウマ級の怒りをぶつけられた僕。

そこでは「かわいそうな人を支援してあげる」という単純な図式は成り立ちようもない。そんな加害と被害が微妙に入り混じる状況で、江島さんを支援することの意味と方法を考えることしか、トラウマを消化する術はなかった。


専門性はバカにできない

最後に一つ付け加えると、江島さんの患っていた高次脳機能障害は、人によって症状は千差万別だが、特性の一つに「易怒性(いどせい)」というのがある。怒りっぽい、ということだ。

後日江島さんとのことを、高次脳機能障害のある方やその家族向けの相談窓口をしている同じ法人の先輩職員にLINEで相談したら、こんな返事が返ってきた。

「怒りの程度がすぐ思いっきりになられる方が多いので、びっくりされたのではないですか? なかなか心にザクッときますよね。怒った後に、意外にあっさり何もなかったように話しかけてこられる方もおられますが、その後大丈夫でしたか」

仰る通り、だった。細かい状況は伝えていないのに、これほど的確に状況を想定できるのか。1人でも自分の状況を分かってくれる人がいると、気が楽になる。

「専門性はバカにできないな」そう初めて思った出来事だった。

ライン

当時のラインのやり取り

                   つづく



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みよだ たいち
1994年神奈川県横浜市生まれ。東京大学教養学部卒。在学中、「障害者のリアルに迫る」ゼミの運営や、障害者支援の現場実習、高齢者の訪問介護などを体験する。卒業後、滋賀県の社会福祉法人グローに就職し、救護施設「ひのたに園」にて勤務。


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