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新たな決意

今日で湯布院に移住して、12年が経ちます。
来た時には3人家族だったのに
今は倍以上の7人家族。驚

住み慣れた東京を離れ、夫の故郷である大分県で
夫婦で事業をスタートする。(当時3歳娘+妊婦)
未知の世界に飛び込みました。

無事に今があるのは、本当に沢山の方々の
ご厚意や激励、応援や支えがあってのこと。

今日はそんな節目に気持ちの区切りとして
近況報告や、心境など、、、
みなさんにお伝えしたいことを書きます。

まず今朝の朝焼けと、真昼間の由布岳の写真。

6:12 am
6:15 am
12:16 pm

1日の中で、数え切れない程の多様な表情を
これでもかと見せてくれるこの場所で
その景色を沢山の人と分かち合って過ごしています。


コロナ禍を経て

写真館に、アウトドアショップに、カフェに民泊。
時系列で言うとこんな感じですが
店舗の移転や自宅の引越しを余儀なくされ
常にバタバタ過ごして来たこの12年。

それでも一事業者として、
「私たちに今できることは何だろう?
自分たちにやれること、何でもやろう」
そんな思いで必死な毎日でした。

サービスをご利用頂いたお客様、
想いに共感してくれたスタッフみんな、
いつも支えてくれた家族のおかげで
夫婦2人3脚、ここまでやって来れました。

この先も、この歩みを止めることなく
より良い形でサービス提供を続けていきたい。
そんな想いでおります。

元々仕事が大好きで仕事人間の私。
中学卒業後には高校に行かず大検取得後
16歳からアルバイト生活しながら
17歳で韓国留学(母の母国)
22歳で初めて正社員となり
結婚・妊娠・出産を経ても、
ずーっと仕事をして来た人生です。

それに今後も変わりはないのですが、
少し視点を変えていきたいと思っています。

結論から言いますと、ある方からの提案で
市議会議員を目指してみることにしました。😆


経緯

ある平日の、カフェでコーヒーをお出しして
自己紹介がてらお話をしていた中で突然

「市議会議員になったら良いよ」

と言われた私は目が点になり

「それ、すごいギャグですよね。笑」

と返していたのですが、

「実際に子育てしている女性が声を上げないと
この国は絶対変わらないんだから」

というお言葉に、ただ頷いてしまいました。

それはその言葉が、私がママたちに向けて
ずーっと言って来たことだったからです。


25歳で長女の子育てが始まってから
41歳の今も4歳の末っ子を育てています。

子育てと仕事の両立。
このテーマはこの先もずっと
私の人生において、唯一の難関問題として
存在するのだろうと思っています。

なぜなら子育て中の当事者としてだけでなく
雇用する側としても、課題は残るからです。

ここでは詳細は割愛しますが
子育てにおいてだけは未だに、
「世の中のシステム自体を変えないと。
どうしてここだけは昭和のままなの?」
と残念に感じることが多々あります。

ママが幸せを感じる余裕がなければ
パパも幸せになれません。
ましてやこどもたちは、、、

どのご家庭でも共通項であるこの問題。
何をどうやって改善していけば良いのか
考えている間に人生終わってしまいそう。

そんな風に感じている間にも
様々な形での犠牲者は後を絶ちません。

実際に、
「こども1人でも大変なのに
2人なんて無理!!!」と思っていた私が
5人も産んで育てて来れたのは、
地域の方々のおかげなのです。

「お世話になった皆様への恩返し」
というつもりでようやく、
地域活動への参加も出来るようになって来た
ここ数年なのですが。

関われば関わるほど見えてくる
超高齢社会の課題は山積みなんですよね。


こどもたちも同じことで苦しむのかな。
そう思うと、居ても立っても居られない。
もし我が子は大丈夫だったとしても
その周りのみんなが苦しかったら
あまり意味がないんですよね。

社会はみんなで成り立っているから。

今自分自身が感じていることを、
言葉にして、声を上げる。

それによって何か少しでも変わることが、
良くなることがあるのなら
やってみる価値はあるかもしれない。

そんな想いから、
政治にはあまり興味を持てずに
事業を通して世の中を良くしていきたいと
思い続けて来た私が、
『市議会議員』という役で
町を良くしていくことに挑戦してみたい
と思った次第です。

正真正銘、ゼロからのスタート。

と、走り書きですが、
ここまで読んで頂いた方で
いいね!と思って頂いた方は
今後もぜひお付き合い下さいね。

何卒、よろしくお願い致します。


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