スピーチで人を眠らせてしまうたった1つの理由
スピーチ・プレゼン準備でもっとも重要なポイントは?
スピーチライターの蔭山洋介です。
前回、世に出回っているスピーチ上達法と、スピーチの最前線で戦っている自分のフィーリングが合致しないというお話をさせていただきました。
スピーチ上達法といえば、ボイストレーニング、あがり症対策、話し方トレーニングなどが多いですが、こういった内容は確かに重要だけど、時間がない時は後回しで構わない、そんなお話でした。
だったら、何を優先して取り組むべきなんだ?スピーチライターっていうくらいだから、どうせ原稿なんだろ?原稿がスピーチ成功の9割を占める、とか言いたいんだろ?と、思われるかもしれません。
実はこれが難しくて、そうとも言えるし、そうとも言えないんです。原稿は、本当に重要です。良い原稿に仕上げられるかどうかで、スピーチの成否は大きく変わります。しかし答えは、原稿であって、原稿でないんです。
今日は、このなんとも答えにくい、スピーチ・プレゼン準備のポイントについてお話していきたいと思います。
なぜ、あなたの話はつまらないのか?
まず、トレーニングの優先順位を決めるためには、「なぜスピーチやプレゼンテーションが面白くないのか」の考察から始めたいと思います。
日本の小学校では、週に一度か、月に一度は、朝礼でありがたい校長先生のスピーチを聞く機会があります。みなさんも当然、たくさん校長先生のお話を聞かれたことでしょう。それは多分、「友達を大切にしましょう」、「先生の言うことをよく聞きましょう」、「あなたたちの可能性は無限大です」など、そういう話だったはずです。
「だったはず」と書かなければならないのは、私は何一つ思い出すことができないからです。覚えていることといえば、夏の暑い日の朝礼で、「頼むから早く終わってくれ」と思っていたことくらいです。
友人にも「校長先生のスピーチを一つでも思い出せるか」と聞いてみましたが、やはり思い出せないとのことでした。講演でも、「校長先生の話を思い出せる人はいますか」と聞いてみました。もう1000人以上に聞いたはずですが、今のところ思い出せるという回答は全くゼロです。
興味深い記事を読んだことがあります。
ある、日常のささやかな疑問を徹底検証する記事が掲載されている情報ポータルサイトに「大学の学長の講話を被験者に聞かせるとどうなるか」を検証したものがありました。
被験者たちは何の情報も与えられずに、ただ座っているように指示されています。被験者が全員着席して間もなく、学長の講話がスピーカーから流されました。
始めは何が起こっているのか、何を聞かされているのか分からない様子の被験者たちですが、一人が居眠り始めたのを皮切りに、次々に眠りの世界へと旅立って行ったのです。そして、なんと5分足らずで全員が夢の世界の住人になってしまったのです。おそるべし学長の講話です。
この結果は、「そりゃそうだよね、学長の講話は眠いよね!」と共感を誘う内容ですが、みなさんにとっては他人事ではありません。なぜなら、みなさんは、話を聞く側ではなく、話をする側か、これから話をする側になろうと考えているはずだからです。
学長は、恐らく始業式という晴れの日にふさわしいスピーチをと思い、素晴らしい教訓を伝えるべく張り切られたことでしょう。そして、学生としてこれからどう過ごしていけばいいか、その心構えを語ったはずです。おそらくは、前日に一生懸命に原稿を書き上げ、完璧な内容だと確信して始業式に臨まれたことでしょう。ひょっとしたら、読み上げる練習や、原稿の暗記くらいはしたかもしれません。それにも関わらず全員5分足らずで陥落してしまったのです。
みなさんのスピーチ・プレゼンも同じ状況かもしれません。一生懸命考えて準備して、練習して本番に臨んだのに、全然ウケなかった、そんな経験はありませんか。
その原因は、一体何でしょうか?
実は、この記事には続きがあります。眠った被験者に対して「なんで眠ってしまったんですか?」と質問をしています。その答えは、「いや、自分と関係ない話だと思ったら、眠くなっちゃって」というものでした。または、「他の人が眠っているのを見て、あ!寝てもいいんだ!と思っちゃって。」という回答が次々に寄せられたのです。
この感想は無視することができません。当たり前のことではあるんですが、「自分に関係ない話」というのは、聞き手にとっては子守唄に等しいのです。
自分の人生に関係があると思ってもらうための2つの質問
スピーチ・プレゼンの大部分の問題は、「自分の人生にとって関係がある」と思ってもらえるかどうかにかかっています。
ここをすっ飛ばして伝えたいことを伝えても、聞き手にとっては苦痛でしかありません。
「自分の人生にとって関係がある」と思ってさえもらえれば、スピーカーの言葉がどんなに拙くても、聞き手は耳を傾けるものです。
では、どうすれば聞き手に「聞く価値がある」と感じてもらうことができるのでしょうか?
その方法や答えは無数にあると思いますが、もっとも大切なのは、聞き手の人生に寄り添うことです。
聴衆は、一人ひとりそれぞれの人生を生きています。それも必死に、命がけで自分の人生を歩んでいます。その人たちの人生に寄り添って、言葉を届けようとすることが最も大切です。
しかし、これが言うが易しで、実践することは容易ではありません。スピーチやプレゼンテーションをするとき、どうしても話し手の立場から、自分の話したいこと・話せる内容を話してしまうものです。
例えば、私が学生に「スピーチ上達法」について講義をすることになったとします。(実際に、講義することもよくあります)
このとき、私はスピーチライターという仕事をしていますから、どうしてもスピーチの原稿の書き方や話し方のコツなんかを伝えたいと思ってしまいます。しかし、これではダメなのです。
多くの学生にとって、「スピーチ」というテーマには興味がありません。なぜなら、スピーチをする機会はほとんどないからです。スピーチが必要になるのは、社会に出て、ある程度ポジションが上がってきてからです。
ですから、私が「スピーチ上達法」を話すことは、学生にとっては「自分の人生に関わりがない話」にすぎません。
こういうとき一般的に取られる戦略は、動機づけです。
なぜ、あなたは私の話を聞かないといけないのか、あなたの人生においてスピーチが上達することはどれだけ大きな意味があるのかを、一生懸命に伝えようとするわけです。
しかし、ほとんどの場合、必要性を訴えるこの方法はうまくいきません。
親が子どもに、今すぐ勉強しなければならないと説得してみても、子どもが心からその必要性を感じて行動を始めることはまずありません。しぶしぶ行動するのが精一杯で、大抵は無視されます。
そこで、戦略を変更して、メッセージを相手に寄り添って加工するのです。
例えば、「スピーチ上達法」の講義をするときに、肝心のメッセージはそのままに「異性からのモテ」に文脈を変換して話します。スピーチ上達とモテは、相手に興味を持ってもらうという点において、共通点が多いからです。
スピーチは、彼らにとってめったに機会のないテーマですが、モテは時代を超えて最重要課題です。若者の性的退却が叫ばれる時代ではありますが、まだまだこのテーマは響きます。
「今日はスピーチ上達がテーマですが、これは異性からモテるための戦略と同じです」などと最初に話して、相手の文脈に寄り添うのです。
すると、同じ話でも、スッと言葉が聞き手の心に入っていくのが感じられるはずです。
要は、聞き手に聞く必要があると無理に説得しようとするのではなく、聞き手の人生に寄り添う形に伝えたいことを加工するということです。
これは、2つの質問に集約することができます。
それが、“Who are you?” と “Who am I?” です。
「聞き手は誰で、何を聞きたいと思っているのか?」そして「自分は誰で、何を話すことができるのか?」この質問に応えることで、興味のない話をしてしまうことを避けることができます。
しかし、この方法には一つ問題があります。それは自分の話したいことが話せないということです。これではただ聴衆に迎合しているだけで、社会を引っ張るリーダーにはなれないのです。
ですから、ここから知恵を使わなければなりません。相手の聞きたくないこと、見たくないものに目を向けさせるための知恵です。それは、多くの場合相手の意識に働きかけるのではなく、無意識に働きかけるものになります。
正面から「勉強しなさい」と子どもに説教するのではなく、バックドアから入って強制されていると意識させることなく「勉強したくなる」ように働きかける方法です。
その方法には、ドラマの構造を活用することになるのですが、この話は次回に。
今回は、原稿を書く前段階のテーマと戦略について話しました。これって、まあ原稿の書き方といえば書き方なんですが、原稿なのかと言われると微妙でしょ?
スピーチライターをやっていると、実はこのテーマと戦略がもっとも難しいのです。これさえ決まれば、後は楽勝で、5分でも30分でも、スイスイ原稿が進みます。
“Who are you?” と “Who am I?”を確定させて、聞き手に興味を持って聞いてもらえるテーマと戦略を固めること、ここが最初の山だと思ってがんばって乗り越えましょう!