こもれびより ~commoré-biyori~ vol.9「ことばの源へ~今に生きるラテン語~」(2019/10/26) レポート

2019年10月26日(土)、こもれびよりVol.9「ことばの源へ~今に生きるラテン語~」を開催しました。こもれびよりとしては初めて、ゲストスピーカーをお招きしたVol.9。回数と同じく9名の方にお越しいただき、楽しい時間となりました。改めまして、お越しいただいた皆さんに御礼申し上げます。 

以下、簡単に当日の様子をスタッフ根本がお伝えします。

※ ※ ※

今回ゲストスピーカーをお願いしたのは、佐藤裕典さん。高校時代にラテン語を独学で始められ、そればかりではなく仏検1級、英検1級を保持しつつ、第二外国語として履修した中国語の学習も継続されていらっしゃるなど、まさに「ことば」を愛する方です。 

ちなみに彼は、大のディズニー・ファン。ラテン語に興味を持ったきっかけも、東京ディズニーシーの「ホテルミラコスタ」の壁に書かれたラテン語を目にしたことだったそう。なんとも心惹かれるエピソードです。

●ラテン語はもともと農民の言葉だった 

そんな佐藤さんに案内され、いざラテン語の世界へ。まずはラテン語の歴史からスタートです。
「皆さん、ラテン語というものにどんなイメージを持っていますか?」と佐藤さんが問いかけると、会場からは「神秘的な言葉」「英語やフランス語の元になった古い言葉」などの答えが返ってきました。たしかに、幻想文学において呪文を唱えるシーンでラテン語が出てきたりしますし、学校で英語を習うと「この単語はラテン語由来です」と言われたりしますね。
そうした答えを受けた佐藤さんは、「ラテン語はもともと農民の言語だったんですよ」と意外なことを口にし、ラテン語が辿ってきた歴史を説明してくれました。概括すると、「古ラテン語→古典ラテン語→中世ラテン語→新現代ラテン語」と変化してきたもので、例えば中世ラテン語はいわゆる「教会ラテン語」とも呼ばれるように、主に中世のカトリック教会で使われたようです。
新現代ラテン語については、”ad fontes”(アド・フォンテス=源へ)とのスローガンんを掲げられたもので、今回のこもれびよりのタイトル「ことばの源へ」は、その響きにこの”ad fontes”を通じるものがある、という裏話があったりします。
余談ですが、ラテン語の歴史についてインターネット検索をしたところ、外国版のWikipediaのページへのリンクをまとめたサイトがありました。

英語・フランス語・ドイツ語・ラテン語が読める方はぜひ。


​●死語ではなく、今に生きているラテン語 

長い歴史を持つラテン語ですが、現代では「死語」と化してしまっている…そう思われる方も多いでしょう。その点、佐藤さんは「ラテン語は死語ではないんです」とおっしゃいます。 
具体的には例えば、現在でも様々な本の「ラテン語訳」が刊行されていることが挙げられます。佐藤さんが持ってきてくださったのは、『ハリー・ポッターと賢者の石』のラテン語版(なんと、某大型古書店の100円コーナーで見つけたそうです)。その他にも、『星の王子さま』や『くまのプーさん』のラテン語版が出ていることも教えてくれました。
また、2000年代にはアメリカの作家が小説全編をラテン語で執筆した例があったり、フィンランドのラジオ局で毎週ラテン語によるラジオを放送している例があったりするとのこと(フィンランドの例では、一度ラジオ局が番組を終了しようとしたことがあったところ、世界中から猛反対があり、継続することとなった、というエピソードまであるそうな)。なるほど、たしかにラテン語は今に生きているのですね。
それから佐藤さんは少し、ラテン語の文法的なお話をしてくれました。ここで主に登場したのは「態」のこと。ラテン語には「受動態の活用語尾を持っているが、意味としては能動態」(utor:私は使う、tweor:私は保護する、など)ということや「能動態の活用語尾を持っているが、意味としては受動態」(vapulo:私は鞭で打たれる、veneo:私は奴隷として売られる、など)ということがあるそうで、個人的に興味が尽きません。
佐藤さんはラテン語を「神秘的な言語」として捉えるのではなく、「英語やフランス語を勉強するのと同じ感覚で勉強している」とのこと。そのため、もし皆さんの周りに「ラテン語は難しいから自分には勉強できない」と言う人がいたら、「もっと気軽に勉強してみて!」と言ってあげてほしいそうです。

●フランス語との一番の違いは「綴りどおりに読むかどうか」 

佐藤さんによるラテン語の概説の後は、こもれび講師陣とのトークセッション。まずはフランス語担当の志村とのパートです。主なテーマは「ラテン語のフランス語の違い」について。
佐藤さんが思う一番の違いは「綴りどおりに発音しないこと」。例を挙げると、”temps:時間”という単語は、(カタカナで書き表すとするなら)ラテン語だと「テンプス」、フランス語だと「タン」(もしくは「トン」?)となりますが、ラテン語では綴りどおりに読むのに対して、フランス語では語末の”ps”を発音していないのが分かります。
これについて志村から面白い発言がありました。曰く、「フランス語はずっと『俗な言葉』だったこともあり、綴りや発音が安定しない時期もあった。そのため、綴りにおいて発音どおり”ps”が落ちていたこともあったようだ。また、綴りどおり”ps”を発音していた時期もあったのではないか」と。
その他、「ラテン語で中性名詞なら、フランス語では男性名詞(例外あり)」という話や、フランス語の活用に関して「中世フランス語では語末の子音まで発音していたので発音を聞けばどの活用形かが分かったこともあり、主語が省略されていたこともあった(現代フランス語では語末の子音は発音しないので、活用によって綴りが変わっても発音が一緒になってしまい、聞いただけではどの活用形か分かりません。そのため、主語は省略されないのです)」という話が展開されました。


●英語を教えるために語源を探る 

続いては、英語担当の田邉とのパート。日ごろから授業でも「語源」に焦点を当てることが多い彼は、やはり「英語の元としてのラテン語」という点に興味があるようで、そんな話からスタートしました。
佐藤さんによると、「カエサルのブリタニア進出」、「キリスト教の伝播」、「ウィリアム1世によるノルマン・コンクエスト」、「ルネサンス」など、何段階かを経てラテン語は英語に影響を与えてきたとのこと。特に、ノルマン・コンクエストの際にフランス語の単語が英語に流れ込んできたことで「フランス語を通したラテン語の影響」が顕著となり、さらにルネサンスの時期には「フランス語を介さない、直接的なラテン語の英語化」が行われた、という経緯もあったそうです。
田邉が語源に関心を持つようになったのは、自分自身の思いと、塾を始めたこと、その2つに関係がありました。というのも、彼自身は幼少期に英語圏で生活するタイミングがあったこともあり、日本の学校で習う前に英語を体得したそうなのですが、その後いざ日本の学校で「学校英語」として習ってみると、英語に関する自分の感覚と何か「差異」を感じたというのです。その差異をクリアにしたいという思いから、語源にあたってみるということに思いが至ったと話します。
また、塾を始めて生徒さんに英語を教えるにあたり、自分が感覚的に身に付けたものだけでは不足しており、語源までをも探求しなくてはならないと考えた、ということもあったとのことです。


●個人的な話-日本語のこと 

そんな彼の話を聞きながら、スタッフ根本は日本語について思いを馳せていました。自分自身の第一言語は日本語なので、当然、学校で教わる前に、日本語を体得していました。ですが、中学校に入って「国文法」の授業で初めて「日本語の文法」というものを体系的に学習した際、面白さを感じると同時に、得も言われぬ不思議な感覚を抱いたものです。それはたぶん、「自分が日ごろ何も意識することなく運用している言語の裏で、実はこんなシステムが機能していた」ことが判明したことによる、ある種の驚愕だったのでしょう。結局その不思議な感覚は科目として習い続けている間は消えず、絶えずフワフワした気持ちで試験などに臨んでいたことをよく覚えています。
そして、改めてきちんと日本語の文法と向き合うことになったのは、田邉と同じく、自分が大学生になり、(こもれびではない)塾で生徒さんに国語を教えることになったタイミングでした。その際は例のフワフワした気持ちは消え、純粋な探求心のみが残っていたのですが、もしかしたらそれは、精神的な成長を経てより客観的な事象を理解できるようになったということと、英語の学習を通して「文法」というシステムに慣れ親しんだことがあったのかもしれません。

●現代語から見え隠れするラテン語の魅力 

すっかり根本の話が長くなってしまいました。話を元に戻しましょう。 
佐藤さんによるラテン語概説から始まり、志村、田邉を交えてのトークを経て、一通りのお話が終了しました。参加者の方に聞いてみると、「死語だと思っていたラテン語のイメージが変わった」との声もありました。
最後に佐藤さんからは、「現代語が面白いのはもちろんですが、そこに見え隠れするラテン語を感じてもらえれば嬉しいです」とのメッセージがありました。たしかに、今回のお話を伺っているとまさにフランス語や英語を通じてラテン語が「見え隠れ」する感覚があり、ついそちらに手を伸ばしたくなります。実のところスタッフ根本自身、一度ラテン語を独学しようとしたことがあるものの、途中でやめてしまった経験の持ち主。これを機に、もう一度手を伸ばしてみたいと思います。
講義形式のお話の後は、もはやこもれびより恒例となった、「参加者の皆さん同士でゆっくり話す時間」。今回も、前回と同様、生徒のA様から差し入れていただいたお菓子をおともに、ラテン語をめぐるあれこれや、他の外国語のこと、さらには翻訳のことや外国語にまつわる仕事の話などなど、大いに盛り上がった時間でした。A様、お菓子の差し入れ、本当にありがとうございます。 

さて、次回、第10回目となるこもれびよりは12月21日(土)14時~16時に開催します。「翻訳」をテーマにした、見ても聞いても、はたまた手を動かしても楽しい、そんなイベントになる予定です。
詳細については近日中に公開予定ですので、ぜひ皆さま、お誘いあわせのうえお越しください。スタッフ一同、お待ちしております。


※2020年1月25日追記

この回でお話しいただいた佐藤さんと同じく、「死語と思われているラテン語だけれども、実は今でも色々なところで生きている!」との思いから書かれたnote記事があります。著者はセノネースさん。佐藤さんとは違ったアプローチで、なんとスマブラを入り口にしてラテン語の世界へ案内してくれています。このレポートと併せて、ぜひお読みになってみてください。


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