【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #15】 ジェリード・イールとミート・パイ(1/4)
ゼラチンが固め、パイが包むもの
ウナギをぶつ切りにして塩味のスープで煮込んでから冷まし、ウナギの身自体から出るゼラチン質でかためて「煮こごり」のようにした食べ物と、牛肉のミンチをブイヨンで煮込んだものをパイで包んだ食べ物をなぜ2つセットで語るのかといえば、もともとパイの中身はウナギだったのだが、乱獲や水質汚濁でウナギの漁獲高が激減し値段が高騰したため、それを安い挽き肉で代用するようになったという経緯があるからである。そのため、ジェリード・イール(ウナギのゼリー寄せ)とミート・パイ(以下パイ)は、いまでも同じ店で作られ売られ食べられている。
双方とも元来はストリート・フードである。ジェリード・イールが店に入って座って食べるものになったのは19世紀に入ってからで、それまでは、そして一部ではそれからも、アサリやカキを売る海鮮屋台で売られていた。パイの方は「パイ・マン」と呼ばれた売り子が歩いて売っていた。
ウナギのゼリー寄せはイースト・エンド(ロンドン市街地東部)のテムズ河畔の食べ物、ということになっている。かつてテムズ川には、ウナギがうじゃうじゃいた。だから産業革命が始まり造船所や倉庫街、船の荷降ろしで働く肉体労働者人口が増えてきたイースト・エンドでよく食べられるようになった。
ところが、労働者階級を生み出した産業革命によるテムズ川の水質汚濁とロンドンの人口急増のせいで、当のウナギが激減してしまう。それでも労働者階級の食べ物というイメージが染み付いたこのウナギ料理は死滅しなかったし、いまもしていない。ウナギはアイルランドのネイ湖やオランダから輸入されるようになり、往時ほどではないにせよ、現在も一定量は作られ、スーパーマーケットでも買うことができる。
とはいえ、現在のロンドンには、ウナギのゼリー寄せを作っている店舗はもう2軒しか残っていないという。いまではパイのほうが圧倒的に消費されているし、店もそっちがメインであることを隠そうともしない。ウナギはレアなノスタルジーを醸し出す食材になってしまったが、そういうものであるからこそ、一部に熱狂的なファンがいるのことも確かである。
というのが、ウナギのゼリー寄せを教科書的に理解するときの、間違ってはいないがあまりにも典型的なストーリーである。
ただ、このような理解はまだマシな方で、その食べ物はイギリスでもほとんど「ゲテモノ」扱いされているというのが実情である。昔の人が食べた、あるいは昔を懐かしむ人が食べている気味悪い(disgusting)もの。似たような扱い受けている食べ物として、スコットランドにはかの有名なハギス(羊の臓物を麦やハーブを混ぜて胃袋に詰めたもの)がある。日本でいえば、クサヤに鮒ずし、ホヤに蜂の子。人によっては納豆だってそうだろう。世にゲテモノと呼ばれるものは多々あれど、ゲテモノとは、その気味の悪さからしかめっ面でディスられる対象であると同時に、味への探究心と舌の感度が試される対象でもある。「こんなに美味しいのに、わかってないなぁ」と。
ただ、ウナギのゼリー寄せが面倒なのは、他の「イギリス」料理のどれよりも、そこに産業階級という極めて都市的な条件が強固に埋め込まれていることである。決して豊かではない、下層階級の人たちが集住して生きる地域で好まれる、洗練さや清潔感とは程遠いが、ノスタルジーと共同体意識に溢れた食べ物。イメージとしては、「じゃりン子チエ」のホルモン焼が近いかもしれない。
(続く)
ジェリード・イール(ウナギのゼリー寄せ)のレシピ
4人分
材料
作り方
①ウナギを仮死状態になるまで、氷水につける。
②まな板になるような板にウナギの頭をキリなどで打ち付け固定してから、包丁で腹を開いて内臓を取りだし、頭を落とす。
③ウナギを流水できれいに洗い、ボールに入れてそこに60℃ほどのお湯をさっとかける。お湯をかけることでうなぎの皮のヌメリがゼリー状になるので、それを包丁でこそぎ落す。
④ウナギを骨ごと5㎝幅にぶつ切りにしてボールに入れておく。
⑤材料Aとウナギの切身をすべて鍋に入れ、かるく沸騰したら弱火にして30分。火をとめてレモンジュースを入れる。
⑥鍋からうなぎを取りだし、バットにウナギが重ならないように並べ、そこに濾したスープをウナギが浸るぐらいまでそそぐ。
⑦粗熱がとれたらバットにラップをかけて一晩冷蔵する。時間が経つとウナギのゼラチン質がスープに溶け出しゼリー状となる。
⑧バット全体がゼリー状になっていることを確認して、ウナギをゼリーとともに皿に盛りつけ、みじん切りにしたパセリを散らし、モルトヴィネガーを添えてサーブする。
*次回配信は4月14日の予定です。
The Commoner's Kitchen(コモナーズキッチン)