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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #1】 クリスマス・プディング (1/3)
クリスマスにはプディングを
プラム・プディングは国民的シンボルだ。ある階級や階層ではなく、大多数のイングランド国民を代表するものである。
1850年の「イラストレイティッド・ロンドン・ニュース」紙がこう書いているプラム・プディングこそ、いま私たちがクリスマス・プディングと呼ぶ、イギリスのクリスマスの食事には欠かせない食べ物のことだ。
「プラム」と言うからといって、プラム(スモモ)が入っているということではない。ここでの「プラム」とは、すぐ手に入る干した果物の総称、ぐらいの意味なのだ。干しぶどう、オレンジやレモンのピール、くるみなどのナッツ類、卵、砂糖、小麦粉に、シナモン、メースやクローヴなどのスパイスとスエットという仔牛の腎臓の周りの脂肪分を混ぜて、ブランデーかラム酒で香りをつけて型に入れ蒸し上げる、それがこのプディングである。食べるときにはブランデー・バターをたっぷり塗って・・・。
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プディングとは、もちろん日本語のプリンの語源だが、お菓子だけでなく、肉や雑穀やハーブを腸詰めした、例えばスコットランドのハギスのようなものもプディングである。豚の血の腸詰めはブラック・プディングと呼ばれるが、たいていは小麦粉にスエットを混ぜた蒸し料理の総称である。プディング・クロスと呼ばれる布に包んでお湯で茹でる調理法もあるが、いまでは陶器の型に入れて蒸すのが一般的だ。いや、もはや出来合いのものをスーパーやデパートで買ってきて、レンジで温め直すか蒸し直すのが一般的だと言ってもいいだろう。
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このクリスマス・プディング、実はクリスマスに欠かせない他の食べ物の材料の寄せ集めなのだ。小麦や卵を入れる前のドライ・フルーツ、ナッツ、スパイス、柑橘系の皮の砂糖漬けはそのまま「ミンスパイ」のフィリングになるし、スウェット以外の具材を混ぜたタネをオーヴンで焼けば「クリスマスケーキ」になる。クリスマス・プディングは、クリスマスに必要なフレーバーをすべて兼ね備えた季節のお菓子の満漢全席のようなものなのだ。
「プラム」がいつから「クリスマス」に取って代わられたのかについては諸説あるのだが、クリスマスの時期にこれを食べるようになったからそう呼ばれるようになったことだけは疑いない。どこの誰が初めにそう言い出したのか? かのチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』(1843年)にも、クリスマスにプディングを食べる情景は描かれているが、まだ「クリスマス・プディング」という名称は登場していない。
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いや、そんなことよりも問題は、冒頭の「イラストレイティッド・ロンドン・ニュース」紙にあるように、この食べ物が階級よりもイングランド人という国民を代表するのかということである。確かに、王族貴族から労働者階級に至るまで、クリスマスにはクリスマス・プディングを食べる。だからといってこれにイングランドを「代表」させていいものだろうか。私たち「コモナーズ・キッチン」は、国民を階級に優先させるような書き方や言い方をそう簡単に受け入れるわけにはいかない。
しかしまずは、19世紀の半ばの新聞がなぜクリスマス・プディングを国民の象徴に仕立てあげたかったのかを考えてみる。時はヴィクトリア女王の治世。大英帝国が破竹の勢いで世界を牛耳ろうとしていたころである。プラム・プディングが食べられ始めた16世紀終わりごろには本当にプラムを使っていたし、干しぶどうや柑橘類、スパイスは主にスペインから輸入していた大変貴重な食材だった。その後、アルマダの海戦で大西洋貿易の制海権をスペインから強奪したイギリスは、インドへと版図を広げていき、クリスマス・プディングのための食材をいわば「自前」で揃えられるようになるわけだが、その過程で経験したのが世界史上初の市民革命と言われる清教徒革命である。
ところが、オリヴァー・クロムウェルをリーダーとする革命勢力は、王の首を切っただけでは飽きたらず、偶像崇拝や贅沢を理由に人々が楽しみにしていたクリスマスの行事やクリスマスを祝うプディングを作って食べることを禁止しようとしてしまったのだ。このように、清教徒=ピューリタンの面目躍如となったこの出来事によってイングランドは分断しかけたという歴史がある。王侯貴族とジェントリーを中心とする議会派の拮抗関係が続いた18世紀を経てスコットランドを併合し、かのヴィクトリア女王とザクセン生まれのアルバート公が統治する、いまのイギリスという国の形を作り上げた19世紀がやってくる。
ヴィクトリアとアルバート夫妻は、着飾ってテーブルを囲み、ごちそうを食べてプレゼントを交換するクリスマスの聖餐を王室のみならず国民に奨励した。王室一家がクリスマスツリーを囲んでだんらんする姿が、さきほどの「イラストレイティッド・ロンドン・ニュース」紙にも掲載されている。
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クリスマスは家族揃って、という一般的なイメージができあがるのはこのころのことである。「このころ」とはまさに、冒頭で紹介した1850年前後のこと。産業革命後期、植民地の拡張、富の蓄積、そして階級差の拡大。イギリス資本主義のベースが固められたこの時代にこそ、クリスマス・プディングがクリスマスの象徴として食べられるようになったのである。
(続く)
クリスマス・プディングのレシピ
(16cmのプディング型2個分)
材料
A
薄力粉 80g
ベーキングパウダー 1g(小さじ1/4)
生パン粉 150g
ミックススパイス 3g(小さじ2)
ブラウンシュガー 250g
* 黒砂糖あるいは赤砂糖でもよい
スウェット (牛脂、ケンネ脂) 150g
B
レーズン 150g
サルタナレーズン 150g
カレンツ 150g
プルーン 150g
クランベリー 100g
レモンピール 50g
* レモンの皮すりおろし1個分でもよい。
アーモンド 50g
クッキングアップル 300g
* 紅玉、ブラムリーなど酸味のあるもの
C
黒ビール 180cc
ラム酒 80cc
卵 2個
プディングの生地作り
ボールに材料Aの小麦粉とベーキングパウダーをふるい入れ、そこに材料Aの残りを加えてよく混ぜる。
おなじボールに材料Bのドライフルーツと細かく刻んだクッキングアップル、ナッツを入れ手でよく混ぜる。
べつのボールに材料Cの入れてよく混ぜ、2のボールにくわえ全体によくなじむよう混ぜる。
できたプディング生地を密閉容器にいれて冷蔵庫で一晩保存する。
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プディング生地を蒸す
プディング用の器またはボール(16㎝)の底にクッキングシートをまるく敷いて、そこにプディング生地をボールの八分目まで入れる。ぴっちり詰めた生地の上にクッキングシートをしいて、容器の上からアルミホイルで蓋をします。アルミホイルが外れないように容器のまわりをタコ糸でしばっておきます。※このときにタコ糸で釣り手を作っておくと便利。
この容器を鍋に入れ水をはって、弱火で5時間ほど蒸す。
蒸しあがったら、すこし冷ましてから容器から取り出してラップに包み冷蔵庫で二週間から一ヶ月ほど保存し、食べるまえに再び①の要領で2時間ほど蒸しなおす。
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プディングをテーブルヘ
蒸しなおしたプディングを皿にのせ、小鍋に入れたブランディに火をつけてプディングに注ぐ。
お好みの大きさに切りわけ、ブランデーバターをたっぷり添える。
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* 次回の配信は12月16日です。
The Comonner's Kitchen(コモナーズキッチン)