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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #7】フィッシュ&チップス(1/4)

イギリス料理の定番?

マダラやコダラ、オヒョウ、カレイ、シタビラメといった北の海で採れる白身の魚に衣を付けて油で揚げ、太めの拍子切りにしたジャガイモをこれまたラードで揚げ、塩とモルトヴィネガーをたっぷりかけて、できれば手で食す。少しいい店で注文すれば、潰したグリーンピース(マッシ―ピー)やタルタルソースが横に添えられていることも多い。

「フィッシュ」の衣には、薄力粉にベーキングパウダーやコーンスターチが加えたものが使われる。日本ではしばしば「魚フライ」と訳されるが、英語の"fry"が「熱した油で調理する」程度の意味しかないのに対して、カタカナ語としての「フライ」が食材に小麦粉、卵、パン粉を付けて揚げる料理(法)を指す言葉として定着しているという厄介な事情があるため、「フライ」というとあらぬ誤解が生まれてしまう。実際日本のパブで注文すると、のり弁当に入っている白身魚のフライと大差のない代物が運ばれてきたりする。衣にパン粉を使わないのだから、どちらかといえば天ぷらやフリットに近い。また「チップス」がチップスであるためには1.5cm程度の太さがほしいところであるが、これも日本ではなかなかお目にかかれない。アメリカ英語で「フレンチ・フライ」と呼ばれるひょろ長いイモが、何食わぬ顔で皿に堂々と陣取っていたりする。

いずれにせよ、魚もジャガイモも最終的には油にドボンっと投入するわけだから、いい油を使い、揚げたてを頬張らないとギトギトのベタベタの食べ物になってしまう。が、当然そうした問題を克服するために、油切れをよくし、冷めてもそれなりに美味しく食べられるように、職人たちはさまざまな工夫を凝らす。兎にも角にも、冷凍ものではない新鮮な魚を使うことが肝心である。衣タネにはビールを淹れてふっくらさと軽さを出す、ジャガイモにはキングエドワードやラセットバーバンクなどでんぷん質の高い品種を選び、切ったあと水につけて十分に水分を吸わせる、低温と高温で2度揚げする、など。すべて上手くはまれば、黄金色に輝く、カリッ、ホクッ、ふわっとしたフィッシュ& チップスが出来上がる。

称えられるにせよ、貶されるにせよ、「イギリス料理」を代表する一品として話題にされることの多いフィッシュ&チップスであるが、パニコス・パナイーの『フィッシュ・アンド・チップスの歴史』を読めば、その料理にはたった100年かそこらの歴史しかないこと、そしてそれが「イギリス料理」を代表するものになったのは、驚くほど最近のことであることがわかる。

パニコス・パナイー『フィッシュ・アンド・チップスの歴史』栢木清吾訳, 創元社, 2020年

パナイーによれば、それまで別々に提供されていた「フィッシュ」と「チップス」が1つの皿に盛られて売られるようになったのは19世紀後半であるという。元をたどれば、魚を衣揚げにするという食文化はユダヤ人によって、ジャガイモを拍子切りにして揚げるという調理法は(おそらく)フランスからの移民によって、イギリス諸島に持ち込まれた。フィッシュ&チップスを売る店の多くも、当初はユダヤ人、戦後になってからはイタリア、キプロス、ギリシャ、中国などからの移民たちが経営していたそうだ。

その誕生から第2次世界大戦直後ぐらいまで、フィッシュ&チップスは、下町に住む貧しい労働者階級の人たちが食べる、安くて手軽で、高カロリーゆえに腹持ちはいいが、臭いがきつく、不衛生な食べ物とされていた。「されていた」と言ったのは、実際フィッシュ&チップスでお腹を満たしていた人たちはそんなふうに考えちゃいなかったからだ。バラの咲き誇る庭園で、ウェッジウッドのポットで淹れた紅茶を優雅にたしなむような人たちが(というのはイメージであるが)、そう考えたということであって、そうした紳士淑女の方々にしてみれば鼻をつまみ目を背けたくなるような代物だったわけだ。自分たちとは異なる暮らしぶりをしている人たち、異なる価値観や信仰を持つ人たち。階級蔑視、宗教的偏見、民族差別、と熟語にすればおどろどろしいけれど、フィッシュ&チップスはそうした人間の闇を映し出す料理でもあった。

それが今では、高級デパートで英国フェアが催される際には必ずといっていいほど、それもスコーン、ショートブレッド、マーマレード、ウェッジウッドの紅茶(!)と並べて出品される「イギリスらしい」食べ物になっている。なんだかラーメンの物語を聞いているようだと思った人もいるかもしれない。中国からもたらされ、手っ取り早く腹を満たせるストリートフードとして主に都市の労働者や貧乏学生に普及したその麺料理も、いつのまにかJapanese Ramenとして世界中で愛されるようになっている。飯は世に連れ、世は飯に連れ、である。

(続く)


フライドフィッシュのレシピ

2人分

材料

A
薄力粉                        80g 
コーンスターチ          20g
ベーキングパウダー   小さじ1(4g)
塩                               小さじ1/2(3g)
黒ビール                    160ml

タラ                           2切れ
薄力粉                       適量(まぶし用)
揚げ油                       適量
レモン                       半個
モルトヴィネガー     適量

作り方

① Aの材料をボールにふるい、そこに塩と黒ビールを加えてよく混ぜてから、冷蔵庫で1時間ほど、生地がしっとりなじむよう寝かせる。

② タラ、もしくはカレイ、シタビラメなどの白身の魚を用意して、皮をはぎ、8㎝×15㎝ぐらいの切身にする(ムニエル用の大きいサイズのもでもよい)。

③ 切身に薄力粉をまぶしてから、①の衣にくぐらせ、180℃の油で5~6分間ほど、表面がカリッとするまで揚げる。

④ 油を切ってから大きめのお皿に盛り、くし切りにしたレモンを添える。

⑤モルトヴィネガーをたっぷり振りかけて食べる。

*チップスとマッシーピーのレシピは次回以降に順番に紹介していきます。


*次回は2月10日に配信予定です。

The Comonner's Kitchen(コモナーズキッチン)


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