ヒトラーと呼ばれたマネジャーは対話という奇跡体験で人生を変えた〜第二章〜
Episode6 スタッフの最大の敵は"ヒマ"
ボクは店長になって5名の部下をもった。
そして、この5名の誰もがまだ売上をもっていなかった。
ほぼ0円に近かったのだ。
スタイリストデビューを果たしたばかりのスタッフが3名。2名のアシスタント。
この5名のメンバーでとにかく早急に売上をあげなくてはいけない。
もし、利益がでないなら早い段階で店を閉めなくてはいけない。そうなると当然、何人かのスタッフには退職してもらわなくてはいけない。
ボクはそうなることだけは嫌だった。
綺麗事の大嫌いなボクでも「雇用を守りたい」という思いだけは強くもっていた。だから、最悪の状況にならないように、とにかく出来ることを精一杯やった。
まずは前述したお店の掃除と修繕をとにかく全員で必死になって実行した。
来店してくれたお客様が「また来たい」と思ってくれるようなお店に戻すこと。
この課題が最優先された。
しかし、ボクは掃除、修繕が終わりを迎える頃に大きな恐怖を感じていた。
「この掃除が終わればスタッフは暇になる」と、簡単に予測ができてしまう未来に怯えていたんだ。
「暇は人を腐らす。だから、とにかく仕事を創らなくてはいけない。どんな仕事でもいい。とにかく暇だけはダメだ」
こんな思いがボクの頭の中を埋め尽くす。と同時に、ボクはもうひとつの恐怖を抱えていた。
それはボク自身が「チームのまとめ方を知らない」こと。
集客方法は自分が実際にやってきたことだからわかる。けど、それをみんなに伝え実行させる方法を知らないことに気がついていたんだ。
ボクはそこから、寝る間も惜しんで「マネジメント」に関する本を読み漁った。読めば読むほど自分の無知を知り、むしろ恐怖は拡大していった。
しかし、ビビっていても始まらない。そんな思いから、ボクはあるコトをスタッフに強制するようになった。
あるコトとは「ボクの考えていることを完全に理解する」だ。
仕事に対してどんな意識をもってもらいたいのか?
お客様にどう感じてもらいたいのか?
そのために何をどうするのか?
どのように集客していくのか?
スタッフにボクの考えを押し付けるミーティング。これを毎晩おこなった。スタッフがどれだけ疲れていても、問答無用で遅い時間までのミーティングを強要した。
今なら確実に「ブラック企業」と言われる。
当時だって、さすがにやりすぎていた。
けど、ボクはそんなこと一切気にしないクソ店長だった。そんなクソ店長は「売上をあげる」だけにフォーカスしていた。
だから、それ以外のことはすべて無視。
「集中」することによって、最短距離で自分の目指した場所に行ける。
ボクはそう信じて疑わなかった。
Episode7 強制こそ正義
毎晩、アホみたいに遅い時間まで行われている会議。
「みんなの雇用を守るためには、どれくらいの売上が必要なのかを徹底的に教える。理解する気が無いとか、やる気がないなら帰っていい」
こんなことを毎晩、ピリピリした口調で伝えていった。
その結果、メンバーは徐々にボクの戦略を理解し実践していってくれた。
また、営業中にお客様から「シャンプーしてもらっても気持ちよくなかった」なんて言葉をいただいたなら、あえて大騒ぎして夜中まで全員で何度もなんどもシャンプー練習。
そして後日そのお客様にもう一度シャンプー施術を体験していただき、感想を伺うなんてことも徹底してやっていた。
当然、集客に関する新しい施策もどんどん試していった。
すべてがうまくいったわけではなかった。けど、うまくいく戦略もたくさんあった。無我夢中でチャレンジしていたら、気づけば多くのお客様にご来店していただけるようになっていた。
また、若いスタイリストたちにも指名してくれるお客様が増えだして、少しずつだがお店は活気を取り戻していった。
ただボクはこの時、大切なことに気がついていなかった。
いや、本当は気がついていたのかもしれない。けど、気がつきたくなかったんだ。
スタッフの笑顔が日に日に減っていっていることに。
ボクはこの事実を全力で見ないように蓋していたんだ。「売上があがっている」この事実だけがボクの心の拠り所だった。
そして、それこそが正義であり、それを実行しているボクこそが正義なのだと思い込もうとしていた。
当たり前のことだけど、ボクの顔からも笑顔は減っていた。店長になったあの日の誓いが生んだ怒りのエネルギーを絶やさぬように、毎日を生きていた。
普通に考えて、笑顔が消えるのは当然だ。
またプライベートでのデキゴトも関係していた。
妻は結婚してすぐに子ども欲しがった。2度ほど妊娠したが、どちらもうまく成長せず哀しい結果になった。
もともとは会った人に「こんなに明るい人間いる?」と思わせる太陽のような妻も、心と身体を弱らせていたせいで、かなり暗くなっていった。
ボクはそれさえも無視していた。
ボクには「売上をあげる」以外のことは何も見えていなかった。見てしまったら、前進することも、そこに立っていることすらもできないと感じていた。
そして、そんな弱い自分を見せてはいけない。
サトラれてはいけない。
そう思えば思うほどにボクは感情を切り捨てた。そして指示命令以外の言葉を口にすることはなくなった。
Episode8 売上目標達成、そして自分崩壊
スタッフにはエグいほど無理をさせている。けど、戦略は当たっていた。お客様からの評判もいい。一年もかからず、売上はグングン伸びてきている。
ボクの心は平穏から一番遠いところにあった。
だけど、そんなことはどうでもいい。
笑顔なんていらない。最後に勝った人間だけが笑うんだ。
そんなことを想いながら迎えた12月。
昔は12月がかきいれ時の商売が多かった。美容室も同じで、12月を一年の集大成のように見る風習があった。お店は定休日を減らして、ひとりでも多くのお客様を迎え入れる。
これが当たり前だった時代。
そして、ボクが店長としてはじめて迎えた12月。望まないカタチで店長になって約1年が経とうとしていた。
最初は数えるくらいのお客様しかいなかった。そんなお店が予約で埋まっている光景が目の前に広がっていた。
毎日、深夜までミーティングをしてきた。
みんなにも、とにかく無理させてきた。
そこから帰宅して、集客やマネジメントの本を読み漁り、ノートにアイデアを書きまくり、そのアイデアを即実践してきた。
正直言えば、この頃の記憶はほとんどない。
店で怖い顔していた以外、何かしていたのかな?
当時住んでいた家の間取りも、妻と話したこともほとんど覚えていない。
それだけ集中した結果、12月30日の時点で売上目標を達成した。
「オレは間違っていなかった」
単純にボクはこう思った。勝ち誇った気分になった。「お前、店長だろ」とか「お金は出さない」と言われた自分が、今度こそ勝利者になった。
そう確信したはずだった。
しかし、スタッフからの一言でボクは完全に崩壊した。
「店長、お湯が出ません」
シャンプー台のお湯が出ないというのは、美容室では死活問題。
ボイラーをチェックし、自分でできる対処法を行う。それでも直らないならすぐに業者に連絡入れる。
この時は業者に連絡を入れて応急処置をしてもらい、お正月中にしっかり修理してもらうという話でまとまった。
ただでさえ、12月は忙しい。そこにきて、こんなトラブルは災難以外のナニモノでもないわけだが、何とか事なきを得てボク達は12月を締めくくった。
そして、年が明けボクはとんでもない事実を知る。
ボイラーの修理に100万円くらいのお金がかかり、利益が飛んだ。
この事実を知った時、膝から崩れ落ちた。
と、同時に本能的に悟った。
「ぜんぶ、もうすべて自分が間違っていた」と。
「自分が何のために働いているのか、まったくわからん。そもそも、スタッフを見ても誰一人楽しそうに仕事なんかしていない。オレの顔を見て怯えているだけやしな…」
自分が見てみぬふりしていた事実が一気にボクに押し寄せてきたと同時に、意識は暗闇の方に向かっていった。
「売上があがっても利益がでない」
これでは何の意味もない。ビジネスとはそういうもの。
ボイラーの故障は、ボクに「お前、完全に間違えている」という最も刺さりやすい形でのメッセージとなって飛んできた。ただの故障なんだけど、ボクにはそう聞こえた。
Episode9 脱コントロール
ボイラーの故障を機に、ボクは考え方を改めた。なんというか自分が「自然の流れ」に乗っていないと感じたからだ。
まずは部下に「強制するのをやめる」と宣言した。ありとあらゆることに関して「強制しない」と伝えたんだ。
「自分で考え、自分でやっていってくれ」と。「ありがとう。そして悪かった」と。けど、みんなそう簡単に信じない。
昨日までヒトラーのように振る舞っていた人間が、「今日からは怒りません!強制もしません!皆さんの自由です!みんな仲良く楽しくやってください!」なんて言ったところで、誰がそんな言葉を信じるだろう?
ボクが部下の立場でも信じない。
でも、本当のことを言えば、みんなのために強制することをやめたのではない。いや、その理由もあるんだけど本音を言えば、ボク自身が他人をコントロールすることに心底疲れていたんだ。
もともと、人に指示されるのが大嫌いなボク。自分が嫌だと感じていることを、他人に行うのはストレスだ。また、そもそも他人にさほど興味もなかった自分が、仕事とは言えずっと指示命令だけをしていることへのストレスは頭で思っている以上に大きかった。
(事実、店長になる以前には、新人が入ってきても自分から話したことなんて一度もない)
ボクは部下に対するコントロールを手放したことで、ほんの少しだけ心が晴れた。そして、部下と"普通の会話"が、これまたほんの少しだけできるようになっていった。
ある程度売上もあがってきた。メンバーもまだまだ伸びしろはある。
もう部下を、そして自分をあんなに追い込む必要性はない。
ボクは「着実に売上をあげて給与を増やそう」と考え、リラックスしていた。
こう考えられたのは、自社に根付いていた「店舗ごとの独立採算制」という重要な方針があったからだ。
この方針によって、店長とは「店舗における経営者」となり、利益を配分されることになっていた。つまり、極端なことを言えば自分が手足を動かさずとも、店舗に利益を生み出せば給与は増えるというわけだ。
この方針を活用し、ボクは少しずつお客様の担当を減らし「自由時間」と「給与」を増やそうと考えるようになった。
メンバーをコントロールすることに疲れたボクは、少しだけ本当の自分に戻れる気がしていた。
そんな矢先、またまた問題が起こった。
続く👇