『NINE』 粗悪品こそ「これはこれで美味いよね」と食さずして何が映画ファンですか
『NINE』(2009年/ロブ・マーシャル)
【あらすじ】
映画が撮れないスランプ監督の周りには、きれいな女性たちがいっぱいいた
我が愛しの『8 1/2』(のブロードウェイ舞台版)のミュージカルリメイクであり、アメリカ人シェフが作ったトラットリア。つまりは、紛うことなき粗悪品でしかないのだけれど、本場トラットリアよりも時たまジャンクフードが食べたくなる愚かな僕にとって、これはこれで残さず食べる。
とは言え、ジャンクフードというよりはイタリアン・ランチ味のキャンディーみたいな劣等ぶりで、ハッキリ言って不味いのだけれど、なんかね、珍品で好きなのね、この映画。すごい珍品だと思う。
すなわち、めちゃくちゃチャーミングな魅力がしっかりとある。チャーミングな粗悪品。
ということで、僕は劇場でオバサマたちに囲まれながら鑑賞して、その後も結構な回数見直しているくらいにはこの映画が可愛くて好きだ。確かサントラも買っていたはず。
だからフェリーニファナティックなシネフィルたちが「こんなのただのMVじゃん、しかもミュージカルシーンと非ミュージカルシーンをなんの美学もなしにカットバックしやがって、リズム感ねえのかよ許すまじ」と罵詈雑言に貶すほどに、この映画には移入も嫌悪もしていない。
監督のロブ・マーシャルは苦手だったけれど、たぶん不器用なだけだからそんなに嫌わなくてもいいかな……と、最近は温厚なスタンスで迎えている。
でも、ロブ・マーシャルがマジで監督として凡庸で、加えて演出力が乏しいことは、本作に招集された女優たちの芝居を見れば一目瞭然だ。
本家『8 1/2』であんなにも魅力的だったキャラクターたちは、書き割りのような棒立ちでロボットのように台詞を吐き、何一つとして予定調和からはみ出さない。
映画オリジナルキャラのケイト・ハドソンなんて、彼女が鏡に映るラストカット、なんであんな不細工に撮ってしまうんだろう、酷すぎる。ゴールディ・ホーンの娘なんだぞ。
極め付けは『8 1/2』では僅か数分しか出ていないにも関わらず、主人公グイドを救済してみせる女神ことクラウディア・カルディナーレを、ロブ・マーシャルはニコール・キッドマンに全然「着衣」させない。
さりとて、女優たちに罪は全くない。人物を描き込もうとしなかった、描き切らなかった監督と、粗末な脚本を断罪する。
このオールスターキャスト7人の女優たちで、よしんば監督がペドロ・アルモドバルだったら、どれだけ傑作になっていただろうかと映画ファンなので夢想する(ペネロッペーをメインにするだろうな)。
で、こんなに文句を垂れつつ、でも好きなんです。というか、僕はフランソワ・オゾンの『8人の女たち』とかが好きな人間なので、女優さんが吹き替えなしで歌って踊ってくれていれば、結局楽しくなってしまう。
楽曲は総じてとてもいい。
ペネロッペーはそんなポーズまでしてくれるんですかというハレンチなダンスで、本人も楽しそうだったし可愛かった。
唯一の現役歌手・ファーギーは見事なサラギーナっぷり(太っちょぶり)と歌唱力を発揮していて、彼女の歌う"Be Italian"は、砂を使ったエキゾチックな振り付けも相まって圧巻だった。
キャラとしては残念だったケイト・ハドソンも、彼女がノリノリで歌う"Cinema Italiano"は超楽しい(だけど予告編で使われていたバージョンと本編で流れているバージョンはテイクが異なっている……予告編のテイクの方がいいのに……ロブ・マーシャルよ……)。
特に今回久しぶりに観て、グイドの妻・ルイザを演じるマリオン・コティヤールが歌う二曲"My Husband Makes Movies"と"Take It All"が個人的には好きだった。
前者は、ほとんど舞台照明のようなライティングの中で、夢と狂気の世界を生きる映画監督の妻としての心の叫びがエモーショナルに歌い上げられる。
後者は打って変わって、スケベな旦那に堪忍袋の尾が切れた奥さんがブチ切れて、鬼の形相でストリップをするという恐ろしくて美しい曲。おすすめです。
そういえば、俳優業は引退すると宣言していたくせに、美女と共演できる本作にはちゃっかりと出演したダニエル・デイ=ルイスは、そういうスケベさと色気とチャーミングさが、グイドにぴったりだったとは思う。