【エッセイ】湯豆腐のふところにダイブせよ
皆さん、湯豆腐は好きだろうか。私はつい先程、今後は「私は湯豆腐が好きだ」と言っていこうと決めたところだ。豆腐は元々好きだ。多種の薬味や調味料との相性が抜群だし、料理への汎用性も高い。色々あるけれど、一番好きな食べ方はそのまま何も付けずに、だ。素朴なんだけど、濃厚で、クリーミーなところが好きだ。
この日もいつものようにインターネットを徘徊していたところ、偶然、湯豆腐を作るショート動画に辿り着いた。豆腐は好きだけど、そういえば湯豆腐はあまり食べたことがない。そう思っていると、その動画の中では水の代わりに酒で豆腐を煮込んでいた。水に料理酒を大さじ1、とかではなく、オール酒だった。驚きだった。そういうのがアリなんだと分かると、一気に興味が湧いてくる。興味が湧くと、やってみるまでずっと頭の中でそのことを反芻してしまって他の事が手に付かなくなるので、明日の昼さっそく作ってみようと決めた。実は今、自宅にはスパークリング日本酒「澪」がある。とある訳で私の家に置きっぱなしになってしまったのだが、私はいかんせん酒が飲めない。一般的な日本酒よりアルコール分は少ないが、別にいいだろう。これで豆腐を煮込んでみよう。実験だよ実験(©工藤仁)
就寝前、逸る気持ちを抑えるため湯豆腐についてもうしばらくインターネットで調べていたところ、どうやら温泉湯豆腐というものがあるらしい。なんでも、温泉地の水で煮た豆腐は温泉の弱アルカリ性によってとろとろに溶け出すらしいのだ。なぜそんな美味しそうなものを今まで知らなかったのかが不思議だが、なんと自宅でも再現可能らしい。重曹を使うのである。言われてみれば確かにそうだ。重曹(炭酸水素ナトリウム)が水に溶けると弱塩基性(私はアルカリでなく、塩基と習ったのですが、今はどうなんでしょう)を示すことは化学基礎で学んだことだが、学んだことが生活に活きるとはこういうことだよな~と関心する。
翌日クリーニングに出していた上着を回収するついでに、業務スーパーに寄った。家にストックしてある豆腐だと足りない気がしたので、追加の豆腐を調達するためと、重曹も買っておかねばならない。さらに、昨晩得た情報として油揚げを一緒に煮るとこれもまたとろとろになると聞いたので、こちらもマストである。
見切り品コーナーに30円の大葉がひとつだけ残っていた。神様に「使え」と言われたので、これもカゴに入れた。総額250円。豆腐も油揚げも、安すぎると思う。豆腐屋はこれでどう儲けているのかが心配。
準備が整ったので、さっそく調理してみる。家に残った澪が200mL程度だったので、ここに料理酒100mL、水200mLを加えて土鍋に投入。豆腐を割りばしで切り分けて沈める。冷凍の刻みネギもあったので入れておいた。油揚げは対角線で切って、直角三角形にする。鍋の一番上に乗せた。鍋を使って料理をするとき、明らかに入れすぎてしまうのをあと何回やれば学習出来るんだろうなと思う。
大葉はくるくる巻いてから刻むとやりやすいよって菊地成孔がインスタライブで言ってたので、いつもそうしてる。
沸いたら重曹を小さじ1入れる。物凄い勢いで泡立ったので急いで火を止めた。ギリギリで吹きこぼれを回避。あぶねー。これだけ準備しても予期せぬことは起こるのだから、人生とか尚更だろと思う。何かにつけて人生とか言いたがるのは良くないと思う。いい加減Twitterくねくね哲学(笑)みたいな仕草は止めたいんだよ。去年やたらこういう文脈で「くねくね」って表現見たから使っちゃってるんだけどそれも嫌です。蓋をして、弱火で15分ほど煮込む。
頃合いをみて、蓋を恐る恐る開ける。点火する前は透明だった煮汁が、完全に豆乳のようになっていた。豆腐や油揚げが溶けだしたのである。成功した~。大葉とポン酢を準備してテーブルに運ぶ。
豆腐をスプーンですくってみると、元々長方形だった形は角が取れてとろみのある様子。ギリギリ形は保っているようだ。ポン酢に付けて食べてみる。美味い。とても美味い。旨味のかたまりだった。かたまりというには柔すぎるから、なんと表現すればいいのか分からない。豆腐のクリーミーさが増している。箸で油揚げをつまんでみると、崩れ落ちてしまった。これは期待が膨らむ。スプーンを使って、なるべく大きな状態を維持して口に運んでみる。う、うますぎる…!美味すぎる…!知っているものの中で一番近いのは、湯葉である。が、湯葉とも違う。油と旨味、ポン酢で構成された大きなものが私を置いてどこかへ行ってしまう。追いかけても間に合わない。溶ける~!豆腐沢山入れといて良かった~。満足した。
湯豆腐は、自分なりの工夫の余地が非常に広いということを知った。水で煮込んでもいいし、酒で煮込んでもいい。油を垂らしてもいいし、油の代わりに油揚げを一緒に煮込むのもいい、もちろん油を使わなくてもいい。昆布で出汁を取ってもいい。たぶんどの方法を取っても美味しくなる。実験だよ実験(©工藤仁)の精神を刺激される。自分が美味しいと思う方法を信じて、湯豆腐のふところに飛び込んでいけば、湯豆腐は必ず抱きしめてくれるはずだと思った。
終(おわ)
2024/01/10