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もしも生まれ変わったらを想像した話

今日、友達が我が家にやってきてサンリオのプロフィール帳を書いた。

その中に「生まれ変わったら、なにになりたい?」っていう質問があったのだが、真っ先に自分と書いた自分に驚いた。(厳密にいうと20歳超えてからの自分が最高、20歳超えてからのマインドで幼少期から過ごせたら最高!)

私といえば、自己肯定感むちゃくちゃ低い人間。

「どうせ」「でも」「だって」が口癖のうじうじとした人間だったのだが、言われてみれば最近はそんなこと言ってない。

これはもう完全に性格が変わった……とかではなくて、私は言葉が先行してのことだと思っている。

ある日、大人なのに「だって」とか言ってたら、かまってちゃんっぽいな、後輩と呼ばれる人たちに気使わせちゃうなと思ったことがあって。その時から「自分、天才なんで!」「自分、最高なんで!」とネタっぽく言って、自己肯定感が低いのを隠すようにしていたのだ。

それを言い続けたところ、気づいたら私はそのマインドを本当に手に入れていた。

SNSでこんな自己肯定感爆高人間のnoteなんて求められていないのはわかっている。でも、自分の中で、わりと嬉しいことだったので綴っておきたい。今日くらいは許して欲しい。

ところで、私は何を持って「また、私に生まれたい」のか。

その理由を今書きながら考えてみたところ、たった1つで、今の私を形成するよく会う人たちと、また出会いたいからに他ならない。

自分の周りにいる人、私が心の中で尊敬している人たちのことは漏れなく好きだ。自分が雑な扱いをされる以上に、周りの人が雑な扱いを受けているとめちゃくちゃに嫌な気分になるし、なんなら噛みつきに行っちゃうくらい。

そう考えたら、やっぱり「俺、最強!」のマインドはまだまだハリボテであって、あくまでも私は現世で出会った最高の友人たちにまた来世でも会いたいだけなのかもしれない。

ずっと憧れている千秋様のように、いつか胸を張って「もしも生まれ変わっても、また私に生まれたい」と歌いたいものだ。


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