いつまでたっても娘の時間
父と百貨店へ出かけた。近々、自宅にお客さまを迎える予定があるので、お菓子を買いに行ったのだ。
別に父といっしょに行く必要はなかったのだけれど、このところ実家に引きこもりがちになっているのを知っていたから誘った。
腎臓病を抱える父は、一日に数回、家で腹膜透析をしている。だから、あまり遠出はできない。百貨店で買い物して、軽く食事かお茶をするくらいならいいだろうと思った。
百貨店でお菓子のほか、こまごましたものを買ったあと、父が以前かよっていたお店に立ち寄った。
店舗のマネジャーは代わっていたようだ。新しいマネジャーだというさわやかな男性は、自己紹介のあと、こう言った。
「お嬢さんとお買い物だなんて、素敵ですね!」
父は「いやぁ、そうでもないですよ」と、照れくさそうに笑った。
ああ、これだ。私は懐かしくてたまらなくなった。
若い頃、父といっしょによく買い物に出かけた。そのとき、私たちが親子だと話すと、いつもこんなふうに声をかけられたなぁ。
ほんとうによく言われていた。「お嬢さんとお買い物なんて憧れます」とか、「すごく仲がいいですね、うらやましい」とか。
すると父は「そんなええもんとちゃいますよ、これ(私)、けっこうわがままで」なんて答えるのだ。まんざらでもなさそうに。
そして、そのうちにちょっとしたものを買ってくれる。アクセサリーや小さなバッグ、やや高価なハンカチ、など。
店員さんのおだて勝ちである。それでも、私たちは楽しい時間を過ごしたものだ。化粧品売り場にだけはどうしてもついてきてくれなかったっけ。
私が子どもを産む前のそんな日々がよみがえってきて、心のなかがふかふかと柔らかくなった。
あれから10年ほど経ち、恰幅のよかった父は病のせいで15kgも痩せてしまった。顔もずいぶんしわ深くなった。
けれど、はにかむ様子はあの頃のまま。娘に振りまわされる穏やかな父親のたたずまいだ。
親にとって、子どもはいつになっても子どものままなのかもしれない。私にとっても「娘」でいられる貴重な時間だ。
百貨店を出て、喫茶店に入った。
私 「腎臓によくない飲み物ってなんだったっけ?」
父 「野菜ジュースとか、カリウムの多いものはあかんらしい。コーヒーもあんまり飲まんようにしてる」
10年前とは会話の内容も変わってしまった。お会計も、昔と違って私が済ませる。
のんびりした空気のなか、もう少しだけ「娘の時間」を味わってから帰ろうと決めた。いいショッピングだった。