映画『カラオケ行こ!』 中学生の合唱が心に響いた
2024年日本
出演:綾野剛、齋藤潤 他
監督:山下敦弘
裏社会がいろんな意味で美化されてしまうような映画もドラマもあまり好きではないが、そんな風に考えている私にも、この映画はとても面白い映画だった。
"ブラック企業"の男・成田狂児と中学生・岡聡実との交流は、現実にはありえない一種のファンタジーに思えたが、綾野剛と齋藤潤くんの演技やセリフの面白さのおかげで何度も笑えた。
そして、この映画を見ている間、知らぬうちに時折つーっと涙が流れた。それは、映画の初めの方で舞台が2019年だと気付いたからだった。ああ、この映画の中は今2019年なんだ。その頃の合唱の大会なんだ・・・。それに気付いてから、中学校の部活動のシーンが出るたびに涙が出てきた。
あの頃、まだ合唱は許されていた。学校生活も行事も部活もいつも通りだった。映画の中では、聡実達の合唱部はこの年は期待したような成績を収められず全国大会出場を逃した。顧問の先生は”去年は全国大会行けたんだから、また来年がんばろう”と励ましたが、その ”来年” はおそらくなくなっただろう。
2020年の年明けから世界はあのパンデミックに翻弄され、生活は激変した。毎年嫌でも同じように繰り返されると思っていた行事が、突然一切消し去られた。
それから数年、子ども達は歌も禁じられた。合唱祭はもちろん、卒業式で校歌を歌うことさえ許されなかった。
映画の舞台が2019年と知った時、パンデミック中の辛かったいろんな気持ちがふーっと塊になって湧いてきた。あの経験を経て、多くの人が集い心と声を合わせて歌を歌えるということは本当に幸せなことなのだと思うようになった私には、中学生の合唱は心に染みるものだった。
映画の中の聡実くん、中川ちゃん、後輩の和田くんたちが歌う場面や、楽しそうにおしゃべりしたり、部活のことで言い争ったり励ましあったり、悩みを聞いたり、練習に励んだりする彼らを見ると、いろいろな気持ちが入り混じり、何度も涙が出た。
聡実くん達が卒業したのは2020年3月だろう。卒業式の日にマスクをしていない聡実くんと映画部の男の子を見て、そう、本当はこんな風になるはずだったんだなとぼんやり思いながらまた涙。
映画の中だけは、平穏な普通の卒業の日があった。
主人公の中学3年生岡聡実は合唱部の部長でソプラノパート担当だが、変声期に差し掛かって高音が出にくくなり、それを周りにも打ち明けられず部活動に悩むようになる。
後輩の和田くんは、同じソプラノパートとして共に歩んできた先輩の聡実をとても尊敬している。しかし、大阪府の合唱コンクールで全国大会に行けなかったことや、その原因をはっきりさせて頑張ろうとしない部活動の雰囲気、そして最近心ここにあらずの様子で部活動に集中できていない聡実に苛立ちを覚える。部活動に熱心で、一生懸命さがとてもかわいい子だった。
3年生女子の合唱部副部長中川さんは、苛立ちを隠しきれないそんな和田くんを姉のように母のように何かとサポートしてあげる。また、悩みを抱えて部活をサボりがちな部長の聡実の代わりに頑張る。このくらいの年齢の女子は、良くも悪くも男子よりちょっと大人びてしまうものだ。中川ちゃんは、単身赴任でお父さん(聡実くん)が留守の家を切り盛りし、思春期の難しい子ども(和田くん)に手を焼くお母さんのようだった。
声変わりに悩む聡実は、時々「映画を見る部」に行って束の間の気晴らしをする。この映画をみる部部員の同級生の男の子との会話もまた面白い。
この映画は、成田狂児と岡聡実くんの不思議な心の繋がりがメインの物語で、綾野剛・齋藤潤の俳優二人がとても魅力的だったし、脇を支える俳優達もとてもよく、本当に面白かった。
そしてそれに加えて、大人びているかと思えば子供っぽかったり、自分や周囲に苛立ったり、脇目も振らず何かに熱中したかと思えば心ここにあらずでぼんやりしたり、そんな多感な中学生の姿がとてもよく描かれていた。
エンドロールで流れる『紅』の合唱は、府中市立府中第四中学校合唱部。
その歌声を聴きながらまた涙が出た。