ベランダでコーヒーを飲むためにバーナーを買う
これは、アウトドアブランド「Col to Col(コル・トゥ・コル)」が立ち上がるまでの経緯と、中の人が何を考えているのかを、三人のメンバー(タッカ・エンゾー・ドフィ)が代わる代わる綴っていく「問わず語り」です。
【エンゾーの回:002】
前回のお話はこちら
話は、いったんアウトドアを諦めた時点に戻る。
(キャンプはやらないし、やれない。)
敗北宣言だった。
YouTubeで予習していたようなリア充感あふれるキャンプが、水面下でもがく白鳥のように、搬入から設営・撤収・搬出まで手間を惜しまずたくさんの面倒な作業をこなした末に得られる努力の賜物なのだということを悟った僕は、自分の中に起こりかけたキャンプ熱がスーッと引いていくのを感じた。
向いてない。面倒くさがりな自分にはハードルが高すぎる。
肌寒い森の空気の中で、星を見上げながら飲む温かいスープの夢は、シェラカップから立ち上る湯気のように儚く消えた。
だが。
その一方で、昔から付き合ってきた、往生際の悪いもう一人の自分もいた。
(いやいや、それでもやっぱり、家のベランダでお湯を沸かしてコーヒーを淹れるくらいなら、やれるんじゃないか?福岡市内の霞んだ空で星は拝めなくとも、月くらいは見える。ベランダだって立派なアウトドアだ。)
出不精な僕に出来る、精一杯のアウトドア。そう考えると、少し頭の中が少しクリアになった。
ベランダでコーヒーを飲むために必要な道具を考えてみる。
コーヒーカップ、熱源、お湯を沸かすヤカン、ドリッパー、コーヒー豆。
問題は、どこまでを「すでに持っているもの」でまかない、どこからを「買い足す」か。
まず豆だが、さすがにインスタントは気分が出ないので、ちゃんと直前に豆をミルして飲みたい。
毎朝コーヒーを飲むときに使っているマシンは電動ミル付きなので、それで挽いてドリッパーごと2階に持っていけばいい。
屋外で使えるコーヒーカップも、もうすでに持っている。KINTOのALFRESCOのマグだ。シンプルで飽きの来ない外観と持ちやすい取っ手、メラミン製で落としても割れないタフさが気に入って、会社でコーヒーを飲むときに使おうと買っておいたものだ。
そう言えば、KINTOはこのALFRESCOシリーズを「身近な屋外で使うもの」として設計したそうなので、ベランダでコーヒーを飲もうと思ったとき真っ先にこのマグが思い浮かんだのは、偶然ではない。優れた企画とはこういうことを言うのだろう。
ここまで考えた時、自分の中の境界線がなんとなく分かってきた。そうか、欲しいのはアウトドア感だ。日常をすべてそのまま外に持ち出すと、少々場所が変わったくらいでは、非日常と日常が入り混じってしまう。
だとすれば、ヤカンでお湯を沸かすのに、カセットコンロではイマイチだ。それじゃダイニングで食べるスキヤキと変わらない。
そこで、熱源としてバーナーを調達することにした。あちこちのレビューで圧倒的に支持されている、SOTOのST-310を選んだ。
この、家庭内の調理器具ならありえない剥き出しのノズルと、折りたたむことを前提として設計された華奢な脚が、屋外専用の道具であることを強く主張している。これは気分が上がる。
アウトドア感とは、例えばこういうことだ。
では、ヤカンはどうしよう。
家にある大きなヤカンは、ST-310の繊細な五徳の上に載せるにはあまりにアンバランスだった。ここはやはり、キャンプ用品コーナーに置いてあるような小さなケトルが欲しい。さて、どうしたものか…
それから数日、僕は「アウトドア気分が味わえるケトル」を探すのに夢中になった。
定番のトランギアやコールマンの扁平なアルミケトルは、見るからに山岳系のデザインで用の美があり、価格的にもリーズナブルな良品だった。
その一方で、容量が少なめのモデルが多く、コンパクト化を優先した弊害で注ぎ口が使いにくそうだったりと、細かい部分で気になる点が散見された。
何よりも、アマゾンでついているレビューの数があまりにも多いことが、僕の天の邪鬼スイッチを押して、伸ばしかけた手が引っ込んだ。
もっと、世間からの注目が集まっておらず、良さが知られていないような掘り出し物は無いのか?
そうやって「人と被りにくいもの」を探していて目に止まったのが、「Boundless Voyage(無限航海)」の1Lケトルだった。
取っ手が2本あって持ち上げたときに傾かないこと、注ぎ口が簡略化されていないこと、フタの直径が大きく、短い蛇口からでも水を入れやすいこと、エッジを鋭角に立たせることで容積を稼ぎ、内容量とコンパクトさを両立させたデザインであること。見れば見るほど、造り手の細やかな気配りが感じられた。そして何よりも、チタン製で非常に軽量であることが魅力だった。
そうあって欲しいと思っていた条件をほぼ全て満たしているものを見た瞬間、購入ボタンを押していた。
(このケトルについては、別の機会により詳しく語りたい。)
その後に起こったことは、取り立てて特筆するようなことはない。
僕は、次々に届いたSOTOのバーナーと無限航海のケトルをベランダに持ち出し、それらを置くために選んだホールアースの折り畳みテーブルを展開してバーナーに火を付け、ロゴスの「ワークバックチェア」に座り、寒空の下、ベランダでコーヒーを満喫した。
その瞬間、確かにそこはアウトドアだった。
…ん?なんか物が増えてないか?いつの間にテーブルや椅子が加わったんだ?
この不可解な現象は、この後に続く大惨事の、ほんの序章に過ぎなかった。
(003につづく)