私の世界
みんなが私と違う世界で生きてるなんて
知らなかった。
0歳。茶色の枠のすりガラスがある部屋で母を見る。3歳。幼なじみを叩いた隣のクラスの男の子から、仁王立ちで幼なじみを守る。足が震える。幼稚園のトイレに行くのがめんどくさくて、おしっこをしながら歩く。そのうしろを先生が雑巾掛けしながら付いてくる。4歳。クラスの男の子にみぞおちをパンチされ泣き、先生に抱っこされながらクラス写真を撮る。まだお腹が痛い。誕生会の練習のときに、主任先生に呼び出され急いでおじいちゃんの病院に行く。霊安室の前で、看護師さんと待つ。5歳。運動会、履いた白い靴下が大きくてかかとが出ている。スーパーで母とふざけて笑っていたら、カートに歯を打ち神経が死ぬ。フッ素が苦い。
書き出したらキリがない。
私は幼少期から今日あった出来事まで、事細かに覚えている。再生されるのは俯瞰で見た映像。そのときの匂い、痛み、味、表情、言葉、気持ちまで鮮明に蘇る。
懐かしい友だちと会えば、
私の記憶を頼りに昔話に花が咲くのだが、
一人思い出すのは、嫌な出来事ばかり。
あぁ、今日私のあの言葉で空気止めちゃったな、そういえば小学校のときもそんなことあったな。理科の時間、炎はなんで色が変わるのかって聞かれて、クレヨンで塗ったって答えたら、「先生そういうの嫌い」って言われたな。なんであんなこと言ってしまったんだろう。真面目に答えれば良かったのに。あぁ、そんなことじゃなくて。今日職場で変なこと言ってしまったな。明日謝っとこ。
こんなことが1日に何回もある。
嫌な出来事はどんどんつもっていく。
思い出にはならない。
みんな同じ世界で生きているのに、
どうしてあんなに笑っていられるんだろう。
みんなは頑張れるのに、
どうして私は頑張れないんだろう。
みんなと同じように頑張らなきゃ。
頑張らなきゃ。頑張らなきゃ。
心がバグった。折れたんじゃない。
私の場合はバグが起きた。
眠れない。夢と現実の境がわからない。
ご飯が美味しくない。ゴムを噛んでるようだ。
世界がどんよりと暗くて、
どこを見ても灰色だった。
みんなは私と違う世界で生きてるなんて
知らなかった。
みんなそれぞれ違う世界で生きていた。
私の青はあなたの青じゃないのかも。
私とあなたは違う。
見る景色も、感じる世界も。
ショッピングモールの2階は揺れる、
マツキヨの白い床は眩しくて商品が見えない、
居酒屋は音が多すぎて酔っぱらう、
スタバは下剤、ポテチは痛い、
だけど梅雨の匂い、自転車を漕ぐ音、風で葉が揺れる音、刻一刻と変わる夕焼け、そんな毎日の心地いい感覚を私は知っている。