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家庭教師先で危うくプレゼントされそうになったもの

朝、オレンジと金色が混じったようなの朝日に向かって、庭で私が洗濯物を干している時間に、ビーグル犬をお散歩させている若いご夫婦をよく見かけます。

そのたびに、学生の頃にバイトしていた家庭教師先の母娘の顔が、ぼんやり、ふわりと浮かんできます。

30年以上も前のことですが、そのお宅で体験した、ちょっとびっくりしたお話を書いてみようと思います。



*****

大学時代の4年間、私はイベント会場でのビール売りや健康食品のお店など、さまざまなアルバイトをしたのだが、なかでもダントツで家庭教師が多かった。

自宅から時間をかけて大学に通いながら、運動系のクラブ活動をガッツリしていたので、家庭教師が時間的に一番都合が良かったのだ。



確か、ちょっと汗ばむような初夏の時期だったと思う。
大学の教授の紹介で、地元の総合病院の院長の娘さんに数学を教えることになった。

彼女は高校2年生で、翌年に大学受験を控えて、数学の成績に悩んでいた。
高2の数学かぁって思いながらも、院長のお宅に行ってみたくて、私は「やります!」と、教授に即答をしてしまった。


はじめての訪問の日、大理石風の立派な門をくぐり、玄関のチャイムを押すと、扉が開いて、まるまる太ったビーグル犬が最初に私を迎えてくれた。

ビーグル犬



その後ろから、ビーグル犬そっくりの小柄なお母様が微笑みながら出てきて、私を中に招き入れてくださった。

揃えられたスリッパの横には、ちーちゃん、と呼ばれているふっくらした娘さんが立っていて、私にペコリと頭を下げた。

ちーちゃんも、やっぱりビーグル犬っぽい顔立ちだ。


迷路のような長い廊下を歩き、足を踏み入れたちーちゃんの部屋は、豪邸のイメージに反して、スチールの本棚に囲まれた無機質な雰囲気だった。

そこでみっちり2時間、ちーちゃんがわからない問題をひたすら解説するのが私の仕事だ。

なかなか難しい問題が多かった覚えがあるが、大学生の意地で、最初はなんとか解き方の説明ができた。

でも、どんどん難しい問題を質問されるので、回を重ねるごとに、私は「ちょっと待ってね!」を連発するようになっていった。

この先、私の頭で難関大学の受験に対応できるのか、少し、いや、かなり不安もあったが、このバイトを辞めようとは思わなかった。

なぜなら、休憩のおやつが毎回めちゃくちゃ美味しかったからだ。

有名なケーキ屋さんの高そうなケーキや、どこかの名産品を、休憩時間にお茶と一緒に出していただく。
それが楽しみ過ぎた。

部活帰りで、いつもお腹ぺこぺこだったので、おやつが五臓六腑に染み渡る。
完全に私は、餌付けされたワンちゃんのような状態だった。

そんな美味しい家庭教師を始めてから約1年が経った頃、夏休みのある日、ちーちゃんのお母様からありがたいお誘いを受けた。

「ホームパーティをするので、ぜひ先生も来てくださいね。」

と。

院長の家のホームパーティにはどんなご馳走が並ぶのか、見たいし食べたい。もちろん行きたい。
けれど、私には場違いではないか、という不安も拭えなかった。

ちーちゃんが、「美味しいものがいっぱいあるから、先生も絶対来て!」と言うし、

お母様も、「主人も先生に会いたがっているので、ぜひいらしてくださいね。」とおっしゃるので、お言葉に甘えてお邪魔することにした。


一着しか持っていなかった黒いワンピースを着て、
靴下焼けした残念な足をいったん忘れてサンダルを履き、
いつもポニーテールにしている髪を下ろして、しっかりお化粧をして。

ウキウキでパーティに伺うと、「うわぁ、別人みたい!」と、ビーグル母娘が驚いてくれた。

長い廊下の突き当たりを曲がり、さらに奥へ進むと、広い裏庭があった。
初対面のお父様は、テーブルの横でカレーを煮込みながら、優しい微笑みで「いつも娘がお世話になってます。」と私に挨拶をされた。

そのお顔立ちは、ビーグル犬というよりもチャウチャウ犬っぽいな、と思った。

チャウチャウ犬


ふと、後ろからの視線を感じて振り返ると、裏庭の奥にある倉庫の辺りで、若い男性たち20人くらいがこちらを見ている。

何ごと?

誰なん?

お父様が、私を紹介するために彼らを呼んだ。

「娘の家庭教師の先生で、大学3年生の琲音さんです。おきれいでしょう!」

え?おきれい、か?

毎日、お日さまの下で走りまくって、私、色気のない部活女子高生みたいだし、真っ黒なんだけど。

私を値踏みするような、メンズたちの視線が痛い。

隠れたい、隠したいって気持ち。

彼らは、医者を目指す学生さんや、研修医などの、若い医者の卵たちだった。

結局、招かれていたのは彼らと私だけで、想像していた優雅なファミリーみたいな来客はゼロだった。


いったん、乾杯のためにみんながテーブルに集まったのだが、その後は立食パーティで自由に好きなところへ動き始めた。

私は、やたらと優しいメンズたちの中にいるのが居心地悪くて、飼い犬のようにちーちゃんにくっついて、一緒にご馳走を取りに行き、2人でちんまりと、隅っこで楽しく食べていた。

しばらくすると、お母様から手招きをされ、近くまで行くと、

「先生、どなたか、お気に入りの方はいらっしゃいましたか?よろしかったら、どなたでもご紹介しますよ。」

と耳元で言われ、「間に合ってますから」とも言えずに、苦笑いでその場を乗り切った。

急にそんな、「よりどりみどり」みたいなプレゼントをされても困る。
男性を物色する気もないし、そもそも私には彼氏がいた。(大丈夫です、現在の夫のことですから)

それからは、どこを見ていいのかわからなくなり、ある程度しっかりとご馳走もいただいたので、用事があるから、と、途中で帰らせていただくことにした。


パーティの日から数ヶ月後には、ちーちゃんの進学先が決まり、私の役目も終わった。
その後、あのご家族にお目にかかったことは一度もない。

ちょっと驚いた体験だったけど、踏み入ることのできないような世界を見ることができて、今となればおもしろかったようにも思う。

思い返せばあの日、私は惜しいことをしたのかな、とか思ったり、思わなかったり。

いやいや、よそ見しないで一途に、が、大事大事。


なんのはなしですか




*****

長々とわんわん物語、いや、私の学生時代のバイト物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。

ずっと下書きにあったこのお話。
まさにこれだ!と思って、ある一文を書き足しました。

「なんのはなしですか」を、です。

コニシ木の子さんのnoteで、初めて「なんのはなしですか」のフレーズを読んで以来、おもしろいなぁ!私も使ってみたいなぁ!とずっと思っていました。

コニシ木の子さんのようにクスッと、ふわりと文章を柔らかくまとめるのは難しかったのですが、念願叶って、私も使わせていただきました。

てへぺろ風に(笑)


なんのはなしですか






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