夫と息子のミステリーな男旅
「じゃあ、行ってくるわ。」
はい?なんですと?
また急に、いつものやつね…。
そんな感じで、朝ご飯も食べずに夫と息子が正月早々、思いつき全開で出かけて行った。
そんな彼らの気まぐれが、実は私の楽しみでもある。
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二女が10歳になり、医療的ケアが必要になった頃から、我が家は家族全員での旅行ができなくなった。
当時、息子はまだ保育園児。
まだまだ旅行にも連れて行ってやりたい年齢だ。
私がどうしても二女に付きっきりになるので、夫が息子を連れて、車でいろんなところへ出かけてくれていた。
計画性がまるでない夫は、特にあてもなく、気ままに出かけることが好きだ。
(結婚する前、夫とドライブする度に私はイラつきました…笑)
だから彼らの2人旅は、「とりあえず家を出て車を走らせる」という、出たとこ勝負なミステリーツアーがほとんど。
息子は夫と性格が似ていて、無計画な旅ほど嬉しいらしく、小学生になると「行き先が決まってないなら行きたい!」と、夫が図に乗るようなことを言うようになってしまった。
さすがに宿泊旅行ならば、宿だけはきちんと決めて行ってくれた。
日帰りでも、海水浴や何かのイベント、テーマパークなどに行くなら、目的地がはっきりしているので、ある程度は下調べをして、一応それなりに準備もする。
でもほとんどの場合は、目的地を決めずに、休日の朝になって急に、2人でふらっと出かけてしまう。
「そろそろいっぱい運転がしたくなったなぁ。」という夫のひと言が、「行こうぜ!」の合図だ。
夫が運転したい気分の度合いによって、移動距離は決まる。
近場でちょこっと遊ぶことも、かなりの遠出をすることも、その日のその時の夫次第だ。
出発してから、大きめの分かれ道にくると、幼い息子に、「どっちに行く?」と聞いて、息子が気まぐれに向ける人差し指の方向に走っていくらしい。
遠出をするなら、高速に入るときに息子に尋ねる。
「右が左か、どっちにする?」と。
全くふざけた旅だ、と思う。
でも、息子が嬉しそうだから、私はそれで満足だった。
それにちょっと羨ましくて悔しいけど、息子に寂しい思いをさせないでくれた夫には、とても感謝をしている。
むちゃくちゃに走っても、到着先で、彼らはなかなか楽しい経験をしてくる。
例えば、閉館30分前に水族館に入り、走ってお魚を見てきたり、薄着でロープウェイに乗って山頂に行き、ちょっと寒い経験をしてきたり。
海でビーチグラスを拾ってきて、家で工作したこともあった。
めずらしいものを食べ、おもしろそうなところに入ってみる。
ナビがない頃は、見事に道に迷ったこともあったらしい。
息子が中学生になると、出かける回数は年に一度あるかないかに激減し、さらにこの3年間は流行病で全く行けなかった。
そして久しぶりに、彼らは男旅に行くことになった。
19歳の息子、普段は夫に邪険な態度なんだけど…。ミステリーツアーが恋しかったのかな。
*****
先週、寝る直前にトイレの前でサクッと出かける約束をしていた夫と息子。
翌朝、連れ立って家を出てすぐに、息子がスマホで東西南北のルーレットを回し、方角を決めてから彼らは高速に乗ったらしい。
2人が着いた場所は京都。
我が家からは、2時間もあれば行ける。
車を駐車場に置き、バスの一日乗車券を買って、2人は行き当たりばったりの京都観光を楽しむことになった。
『今、京都。朝ごはんのうどん中。なんかお土産欲しい?』
下を向いてうどんに挑む息子の写真と一緒に、夫からのLINEが送られてくる。
あらら、京都かぁ!うどんかぁ!と、留守番中の私までワクワクしてきた。
『絵手紙に使いたいから、落款があったら欲しいな。』
と返信。
絵手紙に押している消しゴムハンコの落款は、サイズがやや大きいので、もう少し小さな、可愛らしい落款印が欲しかった。
京都ならお土産屋さんに、ひらがな一文字の、おもちゃのようなハンコがあるかな、と、少し期待したのだ。
夜遅くに、2人は満足そうな顔で男旅から帰ってきた。
「はい、欲しかったやつ。」
うやうやしく夫から渡された箱は、平べったくて、なんだか薄っぺらい。
落款印なら、細長い箱のはずだけど。
あれ?
これって…落雁やん!
欲しいのはらくがんじゃなくて、らっかんなんだけど。
私の頭上に、ハテナが飛ぶ。
私の驚いた顔を見て、夫がとぼけた表情しながら言い訳をしてきた。
「あぁ、どうりで。お前が落雁欲しいって、なんでかなぁって思ったわ!落雁の絵でも描きたいのかな、とか思ったわ。」
ニヤニヤした息子が、落雁を買ったあとで父の早とちりには気づいたけど、時間が無くて、落款印は見つけられなかったことを話してくれた。
まぁ、いいか。
落雁がめちゃくちゃ美味しかったから。
抹茶味のまぁるいらくがん。
口の中で転がすと、はんなりと京都の味がした、気がした。
落款印はまた、私がどこかで買おう。
2人の男旅の笑い話が、またひとつ増えたと思えば、これも良しかな。
「あー、その落雁、2列は私のものだから、2人は1列ずつね。」
そして早速、いただきました!
もっと大事に食べるつもりが、たまごボーロの勢いでついつい食べてしまった。
夜なのに…。
ところが数日後、ひと文字ハンコを街の本屋で発見!
そしてちゃんと、落雁のお土産が役に立ってしまいました。
まぁ、ミステリー!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。