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心の鍵と心の重量

「夫くんはさ、何歳からゲームしてた?」

夕食後に嫁ちゃんが視線を向けて聞いてきた。
いつも自分のことから話すのに、めずらしい。

「ゲームって、ファミコンとか、プレステとか
テレビゲームのことを言ってるの?」

「そうそう、テレビゲームのこと。聞かせて」

むむ、と視線を上げて記憶を掘り起こしてみる。
いつだろう?親にゲームを買ってもらったのは。

「んーと、多分小学生の低学年かな?」

「そうなんだ。一人でゲームしてた?」

「いや、年の近い兄がいるから一緒に遊んだよ」

「あー、そっかあ。・・・いいね。兄弟がいて」

おや、と思った。
もしかして嫁ちゃんは元気がないのだろうか?
なんだかいつもと話の展開がちがいすぎるぞ。

「何言ってるの。嫁ちゃんも姉妹いるでしょ」

「私はね・・・」

そこから嫁ちゃんの話になった。
センシティブな話なので内容は割愛するが
聞いたことのない話がつらつらと出てきた。

私はうんうんと相槌に専念しながら思う。

(もしかして、嫁は心の鍵を開けたのか)

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

私たちは心に鍵をかけています。

「これは絶対他人には見られたくない!」
幾重にも厳重に鍵をかけた記憶、ありませんか?

私はあります。沢山あります。

小さい鍵の付いた恥ずかしい体験から
鋼鉄の南京錠で雁字搦めに封印をした
思い返すことすら忌まわしい記憶まで
それはもう沢山、鍵をかけてあります。

おそらく、こういった『心の鍵』をかけるのは
生きていれば誰でもあるのではないでしょうか。

この大小さまざまな『心の鍵』。
見ようによっては便利なシロモノです。

だって、鍵をかけている限り、絶対に
中身を他人に見られることはないわけです。
つまり、自分が傷つくことはないわけです。

でも

便利だからといってあれもこれも
心の鍵で施錠しまくってしまうと、どうなるか。

自分の心が徐々に、でも確実に、重くなる。

気付いた時には、子供の頃にはできたことが、
上手く話をすることができなくなっています。

心の重量が重くなりすぎてしまったんです。

心の鍵で施錠しまくるということは
他人には言えないことが増えていくこと。

会話を楽しみたいのに、言葉が上手く出ない。
仲良くなりたいのに、相手は遠ざかっていく。
それはもうちょっとした呪いになっています。

私もこの呪いにも似た状態になったことがあり
他人と話すのが怖くなった時期があります。
なにしろ言葉が上手く出てこないのだから
下手に喋ると失言するという恐怖。
だったら黙っているしかない苦悩。

今考えると私の人生で一番ヤバかった時期です。
ひとつ間違えていれば心を病んでしまったかも。

幸い、私は心の重量を減らすことで
徐々に心が軽くなっていきました。

前置きが長くなりましたけど、今回は
私のように心が重くて苦しくなった人
私なりの対処法を書き記したいと思います。

・・・

結論から言ってしまうと
心の重量を軽くしたいのならば
心の鍵を開けて中身を他人に見せる、です。

私はこれを繰り返しました。
今では心の重量はとても軽くなりました。
(それでもいくつか鍵はかかっています)

とはいえ、心の鍵で施錠してある以上、それは
絶対他人に見せたくない物と確定しているので
気軽にどうぞご覧あれ、なんてできやしません。

段階を踏む必要があります。

まず
あなたが心の鍵をかけている記憶のなかで
一番小さい鍵が付いている物を探して下さい。

見つけたら、それを信頼できる人に見せます。

信頼できる人とは
決して自分のことをバカにしない人。
攻撃してこないと確信が持てる人です。

少し私の話をします。
過去の私が信頼できる友人に見せたものは
自分の手の指でした。

私の手の指は少し変わった形をしています。
自分の親とも兄弟とも親族とも似ていません。
親が「お前は拾われたから」と揶揄した言葉に
幼い私は強いショックを受けました。

つまり、自分の指にコンプレックスがあった。

だから他人に指を見せるのが嫌でした。
他人に見せないように隠していました。

その指を、見せることにしたんです。
信頼できる友人に。

「・・・なに?これがどうしたの」

友人の反応はそっけないものでした。
驚きました。
私が気にしていたことは
他の人にとっては全然どうでもいいことだった。

このとき、確実に私の心は軽くなりました。

(あれ?だったらこの話もいけるかな?)

そうして私は心の重量を軽くすることを
定期的に行うようにしたんです。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

たとえ夫婦でも、パートナーであっても
心の鍵がかかった物は見せることはできません。

万が一にでも、それを否定されると思うと…
怖くて見せることなんかできないものです。

でも、嫁ちゃんはどうやら見せてくれました。
すごく勇気を出したんだと思います。
嬉しさとは別の、なにか良い感情を貰いました。

あ、誤解をしないでほしいことが一つ。
パートナーは全てさらけ出すものだ!
なんて言うつもりは全くありません。
(むしろ隠し事はあって当然です)

心の鍵は無理やり開けるものではなく
自分が“開けてもいいかな”と思った時にだけ
開けることができる内鍵ですから。


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