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女性との会話って

女性との会話が苦手だった私。

なんだよ元カレの話とか。そんなん知らんよ。
携帯電話からデータ消せば全て解決じゃん。
「元カレから連絡あって」じゃねーんだよ。
ガラケーに機種変してやろうか。速やかに。

なんだよ仕事の愚痴とか。そんなん知らんよ。
向上心を持って悔しさをバネにすればいい。
「ホント上司ありえない」じゃねーんだよ。
退職代行サービスに申し込むぞ。勝手にな。

なんだよネイルの話とか。そんなん知らんよ。
勝手に伸ばして色塗ってりゃいいじゃない。
「ね、このネイルどう?」じゃねーんだよ。
全指深爪にしてやろうか。そこになおれい。

私はこんなことばっかり思っていました。

いや、女性との会話は楽しいんだよ。
初対面あたりの会話がピークだけど。
少し距離が縮まると途端にこれ。
そんなん知らんよ?ってな話ばっかり。
なんだこれ、全部共感せなあかんのか?
仏の顔も三度までなんだぞ。
大仏様レベルの修行をしなきゃならんのか。

ってな感じで、女性との会話はとにかく苦手。
男友達と話していた方が圧倒的に楽。
やっぱり男女は分かり合えない生き物だな…と
ニヒルな自分に酔っていた私。
寡黙になる男が多いのも頷けるってもんだよ。

・・・

そんな頑固偏見勘違い野郎の私でしたが
現在ではなんと
女性との会話が楽しめるようになりました。

嫁様との会話が世界一楽しいのは明らかだけど
他の女性との会話も普通に楽しい。面白い。
手のひらくるくるの極み、それが私です。

今回は
「どうして女性との会話が楽しくなったのか?」
を文章化することで思考の整理をしてみます。

・・・

結論から言ってしまうと「意識」。
自分が!自分が!の自分ファースト主義から
相手の話聞くのって実は面白いんじゃね?
意識を変えることができたからだと思います。

私は成長するとともにフィルターを獲得した。

珈琲のペーパードリップのフィルターで
雑味や余計な油分をカットしてしまうように

・この人なんか嫌い
・この人なんか不快
・この人なんか面白くない

人と出会って話して「なんとなく」感じる印象。
そこで付き合う人を選別するために
大変大雑把なフィルターを獲得したんだよね。

その試みは学生時代、結構上手くいったわけで
周りにはまあ、自分の好きな人が集まったのさ。

でも
自分の好きな人が集まっているはずなのに
なんだか自分の心は穏やかになれない。
少しでも面白くないと怒ったり、あきれる。

なんかおかしいなぁ、と思っていたんだけど
そのフィルターはいつの間にか
「私のワガママを許容してくれる人」の
フィルターにすり替わっていたわけ。

なんだろう、イエスマンしか周りに置かない
みたいなヤバいヤツ思考になってたんだよね。
当時はそのことに自覚がなくて。
「現状が悪いのは全部周りのせいだ」と
本気で思っていた。我ながらこじらせすぎ。

そんな状態だと
相手の話に耳を傾けるなんてできない。
だって自分の意見が一番なんだから。
そりゃあ、会話なんか楽しめませんわ。

癇癪持ちの子どもが、周りの優しい人達と
危うい綱渡りをずっとしているような感じ。
永遠にゴールなんか見えないし、しんどい。

そう、私はずっとおこちゃまだったわけです。

おこちゃまから成長しなきゃいけなかった。
そのために自分に都合の良すぎるフィルターを
外すことが必須だったのよね。

やがて社会人になって、否応なしに厳しい意見を
ぶつけられる立場になったところでようやく
(このフィルター持ってると邪魔かも?)と
気付くことができた感じ。
第三者の厳しい意見に直面するという経験は
人生において必要なことなのかもしれない。
甘やかされてるだけじゃ腐っていく。
少なくとも私はそうだった。

いや結構きつかったよ。落ち込んだよ。
長年自分の心を支えていた安全地帯を
ぶっ壊すようなものだから。落ち込む。

でもやっぱり、そんないびつな安全地帯は
なくなって良かったって思う。今になって。

だって
そうなってようやく「自分ファースト」では
周りと上手くいかないぞって気付けたから。

・・・

嫁様から時折、謎のラインが来る。

どこかのお店のラーメンの写真が一枚、とか。

昔の私だったら発狂しちゃってたかも。
「だから何?クイズでもやってんの?」って。

でも女性は無意味な言動をしないと気付けた。
言葉には裏の意味が潜んでいるし
ラーメン画像だってメッセージが込められてる。

自分の角度からしか見えない所だけじゃなくて
「相手の視点」も考えて接するようになったら
あれ?もしかしてこの人、めっちゃ面白い…?
と考えが変わった。

そうやって私は嫁様と仲を深めたのかも。
今日もスキンシップをしよう。


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