不審な男
「待って…、あの男、上から見てるよ」
「上って、あのバルコニーから?
うっわ、キモチ悪い。どうしよう…」
・・・
「はいこれ、お土産。嬉しいでしょ?」
一月某日、朝。商店街。
彼女がそう言って渡してきたのは〇年ジャンプ。
なんだこれ、なんだってこんなものを?
ドバイのお土産にしてはおかしくないか?
「これは関西国際空港で買ったのよ。
いいからありがたく受けりなさいな」
要するにぼくは読み終わった雑誌の処分先か。
そんでもってドバイのお土産はナシ、と。
まあ、そんなの最初から期待してなかったけど。
やれやれ…と改めて彼女を見る。
うーむ、やっぱり美人だ。
金色がかったロングヘアに薄い色付き眼鏡が
エキゾチックに整った顔によく映える。
ベージュのロングコートもハマりすぎだ。
これで純日本人の家系というから恐ろしい。
芸能人とまではいかないけど抜群のルックス。
(本物の芸能人をまじまじ見たことないけど)
これで性格がもうすこしだけ丸かったら
理想的なぼくの“彼女”なのに。惜しいなぁ。
「なにブツブツ言ってるの?いいから行こ。
わたしもう疲れたの。早く帰りたいの」
携えているキャリーケースをコンコンと叩き
彼女は帰宅を主張した。
商店街のアーケード通りに面した路地。
そこに彼女の住むアパートは建っている。
見た目は古いけど室内は綺麗。そのうえ
生活する上でのアクセスが非常に良いの!
彼女はパッと華やかな顔で教えてくれた。
ふと…アパートの二階のドアが開いた。
反射的に目をやった先には、中年の男。
いや、50~60歳くらいだろうか。
髪がボサボサで部屋着であろうスウェットを着て
口を“くちゃくちゃ”している。
寝起きのような顔をぼくたちに向け、目が合う。
「ヴッ」
唸ったような、咳込んだような声が男から漏れた。
歯が見える。笑っているのだろうか?
なんかキモいな…と不快な感情が湧いた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「あのねぇ夫くん」
朝のキッチン。
嫁ちゃんはため息交じりに言った。
「唐突に夢の話するのやめてくれる?」
ああ、ごめんごめん。
なんか鮮明に覚えていたからつい、ね。
「ついじゃないでしょ!なんなのその
ちょっとリアルでちょっと現実離れした設定」
いやあ、不思議だよね夢って。
ドバイなんて一度たりとも
行ったことないのにね。
「っていうか女は誰なのよ」
女?
「金髪でぇ?コートの似合うぅ?女のことよ」
あぁ、芸能人クラスの美人のこと?
「それよそれ。その女」
そりゃあ、きみだよ。嫁ちゃんだよ。
「はあ?わたしなの?
金髪でもないしロングコートも持ってないし
エキゾチックな顔立ちじゃないでしょ、わたし」
やたら美人になってたけどきみだよ。
なんか彼氏彼女時代に戻っていたみたい。
「じゃあ、不審な男って誰だったの?」
あぁ、アパートの二階から見ていた
キモチ悪い男のこと?あれは多分ね…
「誰なのよ」
ぼくじゃないかなって思う。
「え?そうなの?あれ、だって…
一緒に行動してたのが夫くんでしょ?」
それも、ぼくだよ。
何かの本で読んだことがあるんだけどね
夢に現れる人っていうのは
全部自分自身なんだって。
きっと「危険」とか「怖い」要素として
あんな形になって出てきたんだと思うんだ。
「なにそれ。だったらわたしはどうなの?
金髪美人の女も、夫くんだって言うの?」
いや、それは嫁ちゃんだと思ってる。
あれはきみだよ。楽しいパートナー役だ。
「…なんでそうなるの?」
そりゃあ、ぼくの見た夢だもの。
ぼくが好きなように解釈して楽しむから。
「ふうん。あ、お湯沸いたよ。珈琲淹れたら?」
・・・
一番の不審な男は、夢を現実に持ってきて
ドヤ顔でべらべら語り始める
ぼくなのかもしれない。