カーショップの店員さん
「たのもう」
私はさびれたカーショップに入店した。
店内は薄暗く、従業員の姿も見えない。
私はほほえんだ。
私はこんな感じの店が好きなのだ。
元気バリバリ店内ピカピカ!!
いらっしゃいませお客様ッッッ!!
というお店はあまり好みではないのだ。
店内をしずかに物色する。
ほうほう、ホイールがセットでこの値段か…
言い忘れたが、私はタイヤを買いに来たのだ。
車で毎日走っているとタイヤが消耗する。
なので私は定期的にタイヤを購入している。
タイヤは安いものではない。
だからなるべく節約したい。
だが命に関わるパーツなので
安いモノを買うのはどうかと思っている。
これは余談だが、私は車に無頓着なほうだ。
好きな形の車は「買い物に適していること」
その条件をクリアしていればなんでもいい。
車の「ガワ」がツルツルで傷が無かったら
私はとくに、車にこだわりがないのである。
・・・
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
店の奥からツナギ姿の店員が現れた。
どうする?
珈琲次郎は防御の構え。
「タイヤを探しているんです。
しばらく一人で見させてください」
ツナギの店員はごゆっくり、と去っていった。
なんて素晴らしい店員さんだ。
ズケズケとこちらに売り込んでこない。
私の意思を尊重してくれる。サイコーだ。
ふむふむ。一通り店内をまわった。
私は初めての店をくまなく見るのが好きだ。
店のレイアウトにコダワリを感じるのだ好きだ。
これまた余談だが、大型ショッピングモールを
ひとりで練り歩くのも好きなのだ。
「ぬおっ!これは!」という商品を見つけたら
どこか離れたところにいる嫁ちゃんを見つけて
「これ!見てよこれ!」と喜びを共感するのが
はちゃめちゃに好きなのだ。
さて、見るのは好きだがよく分からない。
まことに残念だが、私は車に明るくない。
どのタイヤを見てもどれも同じに見える。
さて、どうする?
珈琲次郎はツナギの店員さんを呼んだ。
「お決まりでしょうか?」
爽やかな笑顔で応対してくれる店員さん。
「実は、タイヤを買いたいんですけど
私どれを買えばいいのかわからなくて…
できればお勧めを教えてほしいのです」
私は懇願した。
餅は餅屋、タイヤはカーショップだ。
プロなら素敵な回答をくれるに違いない。
「コレ!という条件はございますか?」
「値段の割に性能が良いタイヤが欲しいです」
承知しました、と言うや否や
店員さんは近くのテーブルでA4用紙に
サラサラサラと料金比較表を書き出した。
胸のボールペンで、迷わず、すばやく。
「こちらが私のお勧めするタイヤです」
提示されたタイヤを見ると…安いッ!?
店内最安値のタイヤではないか!?
私は思わず二度見してしまった。
「あのう…安いタイヤって
劣化するスピードが早かったりします?」
私は素直に思った疑問を口にしていた。
「どのタイヤでも劣化はいたします。
また、劣化のスピードはさほど変わりません。
このタイヤは外国製なので国産と比べて
安く提供できるんです。
確かに国産最高峰と比べると信頼度は落ちますが
実は、性能はそこまで変わりません」
私は驚いてしまった。
どうしてこの店員さんは
店の売り上げを考えないトークをするのだ?と
どこからどう見ても私はズブの車素人だ。
言い換えれば絶好のカモとも言える。
ちょっとうまい事を言えば高いタイヤを売るなど
簡単に出来そうではないか。なぜそれをしない?
「あのう…とても分かりやすい説明してくれて
ありがとうございます。このタイヤに決めます」
「こちらこそご購入ありがとうございます」
カーショップに入ってからタイヤ購入まで
30分かからずに済んでしまった。
なんという素晴らしい店員さん。
なんという素晴らしい買い物か。
その日、私はルンルン気分で帰路に就いた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
後日。
カーショップは潰れていた。
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