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私が書ける人が亡くなるとき、あなたを亡くしたそのときに

父は痛みで起き上がるので
点滴にお薬をいれてもらっていた

今思えば、それはモルヒネだったんだね
でも浅はかなで知識のない、私や私の家族は
とにかく痛みに耐えさせるよりはと
痛そうだと看護婦さんにお願いしていた

それはそうするしかなかった
初めは、父は、お手洗いに自分で行くのだと起き上がった
でも、看護婦さんも母も止めた
もう、ふらふらで、すぐそばの、個室の病室のそこにいくのが転んだりして難しいとは私は思えなかった

それだけ彼の意志は強かった
薬が効いたあたりで、尿道に管を通した
もうお手洗いにいく必要はなくなったのに
誰かに下の世話になるくらいならと
父は力一杯お手洗いに向かおうとした
そんな父だった

点滴越しに増える薬はどんどん増えていった
その頃には胆管から取り除ききれなかった
がん細胞が全身を巡っていた

なぜ?
たった直径1ミリほどの管に残ったがん細胞が
なぜ全身に回るのか私には理解できなかった

昨晩から意識はなくてもぎゅっと握られていた
父のての力が少しずつ弱くなり
熱いほどだった体温が下がっていっていた
それでも私はことの次第がわかっておらず
巡回してきた看護師さんに
父のての力がよわくなっているんですが…と
普通にきいていた

いつ亡くなったと断定されたのだろう
でもそう言われて、私は大声をあげた
患者さんは同じフロアにたくさんいただろうに
そんなこと気にすることはできなかった
横たわった父の横に寝そべって、その体を抱きしめて、泣いた

どんどん、体が冷たくなるのが哀しかった

置いていかれるのがこの世のものとは思えないほど悲しくて、私の心は、この世のあらんかぎりの力で、絞られて、それでも涙は出続けた

もうこの世界に、父が
あの人がいないなんて信じられない

異国の椰子の木のテーブルの下にいそうだし
飛行機に乗っているような気がする
この世界のどこかにいそうなのに
出棺前の数日、典礼会館にて、安置された父の傍らにそっと横になった

父はおおきなアイスを抱えていて、体がしんじれらないくらいにひえきっていた


お力添えありがとうございます。