八つ墓村の下にはイギリスが埋まっている
!注意!
この記事には「八つ墓村」はもちろん、英国産ミステリーのネタバレも含まれています。「わしゃァまだ探偵小説読んだことねえけどいずれ読む気なんですわ」という人にはちょっと向いていないかもしれません。記事を書いた妖怪は英国産ミステリーを読みすぎて一周回って何も覚えていないような奴です。
これから読む予定のネタバレ嫌いな方は
「八つ墓村は面白かったよ」
という感想を握りしめてお帰りください。
ネタバレ防止のため、目次と見出しは中身がわかりにくくなっています。
そもそもなぜ八つ墓村の奥地に向かったのか
ちょっとした連想から、「そういやあまり日本のミステリーは読まねえなあ(1ヶ月ぶり、2回目)」と思ったので、こいつはまずいぞと、犬神家……のつもりがやめまして、八つ墓村に旅立つことに致しました。
八つ墓村の元ネタ
八つ墓村では、物語の約20年前、一晩に32人もの人間が殺され、犯人は山に逃げて行方不明……という話があります。これは著者本人が言っているものなので間違い無いですが、津山事件が元ネタです。
超が付くほどの有名事件です。何せ一晩で28名が即死、その後発見時重傷だった人2人が死亡。合計30人の死者が出ています。流石に単独犯でこれを超えるのは難しいんじゃないかな……そもそも超えようと試みないで欲しい。
八つ墓村のあらすじ
未読の方はこちらから。
ここからの構成
ここからはとりあえず頭の中で思ったことを再構成しながら読んでいる瞬間の感想をひたすら。終わったら、ちゃんとまとめますから。
感想のような実況のような何かを読むなんて耐えられない!って人は、目次の方から読みたいところまで飛ばしてくださいね。
昔の話
なんせ最初から過去のこととはいえかなりの人数が死ぬものですから、非常に怪奇、オカルト色の強いものだなあとは思いました。ちょうどオカルト系が絡んだミステリー(蒼ざめた馬)を読み直したばかりだったので、テーマパークに来たみたいでは無い(こんなテーマパークがあってたまるか)ですが、多少テンションは上がりましたね。
過去に殺人があった村、町などのコミュニティで、もう一度殺人が起きる。
割とあるパターンではありますが、もういらないんじゃないかというくらいにすでに人が死んでいる印象。こんなにやって竜頭蛇尾にならないのかね?
〜八つ墓村に行くまで
殺人!
村の外でも人が死ぬようで、犯人も横溝に唆されて最初からフルスロットルで飛ばしているようです。
最初に目をつけたのは森美也子。才気煥発、何事も難無くこなし、容姿にも魅力がある。典型的なサイコパスタイプだなあと思いました。
脅迫文やら聞き回る田舎の男やらはありましたが、今のところ特定の手がかりは何もないので素通り。ただ聞き回る男は、よほど村のことなどに詳しい、日頃から村にいる人間なのでしょう。ここら辺が「蒼ざめた馬」のような強いオカルト性と、それに隠された理性的な人間どもの犯行の構図を思い出させます。
というか金田一は……?
村に来てから〜鍾乳洞の話になるまで
殺人、殺人、また殺人。それもみんな同じ手口。
主人公に敵意があるらしい慎太郎、小梅なのか小竹なのかわからない老女版シャイニング双子(この後睡眠薬を盛って来ましたね)、唯一の味方のように振る舞う春代、脅迫文のようなことを言う濃茶の尼に地域の人の冷たい目。怪しい人間が同時多発しすぎて到底一人一人見ていられない。
ここで大量に怪しい人間を出して読者の判断を鈍らせるのは良い傾向です。そして推理小説の犯人は大抵序盤のうちからいるものですね。
この辺りから金田一が出てきます。
坊さんが殺されたあたりで、どちらか片方が死ねばどっちでもいいのかなと思い至ります。
そして尼が殺された時に出てきた紙片で、その疑惑は確信に変わります。
ここで思い出すのがABC殺人事件、クリスティーと言えば?を聞いたら必ず挙がってくるあの本です。あれもまた、A, B, Dは正直辻褄が合えば誰でも良かった殺人です。章のタイトルに「無意味な殺人」があるのも、この印象を強くします。
さてABCの犯人はどんな人間だったか。兄の遺産を目当てにしていたサイコパスタイプの弟でした。ならば今回の犯人もサイコパスタイプの森美也子なのか?
鍾乳洞の探検〜犯人死亡?
鍾乳洞。作中でも鍾乳洞のミステリーへの言及があるように、横溝はウィップル著「鐘乳洞殺人事件」(なぜか「鍾」乳洞ではない。残念ながら僕は未読です)を高く評価し、翻訳した上に作品にまで取り入れるほどの徹底ぶりです。
何はともあれ父親・要蔵の死が確認できて、この作品が「発狂からの無差別事件」にならないようでよかった。これは…殺人?
典子、登場。純粋無垢なフリをした打算的な犯人も数知れませんので、警戒しておくことに。
濃茶の尼の家の様子がおかしい。その理由が犯行にあるとすれば、そのすぐ前に見た典子は犯人の可能性が低そうです。怪しいのは慎太郎でしょう。あるいは兄妹の共犯か?
ここまで全く動機を考えていなかったのですが、それも終わりです。なんせ翌朝、濃茶の尼の死体が出てきたのですから。殺人!
ABCにおけるDですらない、予測してきた犯人の筋書きに真っ向から反する殺害です。殺し方も異なる。今までとは違う人物の犯行なのだろうか?と思っていると金田一は「犯人の想定外だったから殺した」と言うんですね。なら同一犯なのでしょう!(高速手のひら返し)
医者の久野先生は、こんなに殺人をやって今更怯える犯人ではなさそうですので、高跳びする判断は得策だろうな……。あれ、手帳どういうことだろう。
そう言えば隠し財産の話があったな。すっかり忘れていました。
小梅様については、非常に見分けにくいとはいえ本来の予定とは異なる人が殺されたのでABCにおけるDなのでしょう。殺人。
鍾乳洞が非常にいい味を出しています。これは人死ぬわな、と思わせる説得力。
横溝は久野先生が高跳びするのを決して赦しはしなかった……また、殺人。
村人の襲撃〜救出
濃茶の尼の時の発言から一貫して主張がぶれていない事から金田一には犯人がわかっているのでしょう。ずいぶん前からですが「怪しいと思ったことは率直に言った方が身のため」なんて変わったアドバイスをして来たくらいです、主人公は完全に白です。もうアクロイド殺しの時からの心配はしなくていいんだ!
まさか最初の時にちらっと出てきた吉蔵がここにきて登場するとは思わないじゃないか。主人公はまんまと真犯人の思惑通りに偽の犯人に仕立て上げられてしまったようです。田舎の人々を洗脳。恐るべし。
そして主人公の本当の父親が要蔵ではなく亀井だと言うこともわかってしまった。これでは財産がもらえないかもしれないな……。
そしてここら辺は色々あるのでカット。洞窟の中の描写が続くと、そもそも五感の情報を文章にしている時点で視力が落ちているような気がするのに、さらに周りが暗くなったような気がする。閉塞感があるのに音だけ響くと言うのは非常に恐怖を煽りますね。
そして春代の死。また殺人!犯人の左の小指を噛み切るとはお手柄です。ここまで来ると種明かしへの準備が着々と整っている印象。
ここで落盤とともに大判の謎が明かされます。そしてまた、真犯人も。
やっぱり犯人は森美也子じゃねえかーーー!
金田一と警察が動いて、主人公はちゃんと救出されます。よかったね。
大団円
残っていた聞き回っていた男の謎、屏風を抜け出した坊主の謎、真犯人の動機、メモ帳の筆跡の意味が出揃います。ここで西屋の主人から森美也子の前夫殺害疑惑が出ています。死に方がずっとみて来た毒殺と同じですし犯人も同じとなれば、きっと、殺人!犯人は小指から入った感染症で死亡。これは殺人……?
結局慎太郎は田治見を相続して、主人公は結婚して、めでたし、めでたし。
何人死んだか数えてみた
落武者、8人。落武者の祟りの事故死、人数不明、最低2人。庄左衛門の殺人、7人。庄左衛門の自死。そして要蔵の32人殺し。小梅と小竹の要蔵殺し?1件。真犯人森美也子の殺人、8人。春代の小指噛みちぎり、1人。
最低でも「殺人」と断定できるのは55件。疑わしいもの含めて57件。自死や事故を含めたら60件+α。
この他にも埋蔵金探しで足をやられた人、鶴子のような、殺されてはいないものの田治見家の被害者だった人。
そして何より、ひどい体験をしたこの主人公、寺田辰弥。
……これ、本当にめでたしですか?
さまざまな資料を調べて
どうもABC殺人事件の香りがしていたのは、大当たりのようでした。横溝はアガサ・クリスティーのことを「せめてなりたやクリスティ」と言うくらいには好んで&目指していたようです。八つ墓村にはイギリスの客土が運び込まれていたんですね。
横溝本人によれば坂口安吾の「不連続殺人事件」も大きな「元ネタ」のようです。英国ミステリーにばかりかまけて国内ミステリーが疎かになってしまっているのを痛感しますね。
ちょっと疑問が残るところ
話の筋は通っている。トリックも然り。鍾乳洞の地図も、きっと実際に作った上で書いたのでしょう。初見でおかしいなあと思ったところはありませんでした。きっと、非常によくできたミステリーです。
しかし僕にはこれだけがわからない。森美也子というのは、果たして慎太郎のために、そこまでする必要があるのだろうか?
森美也子は、投資の才能があり、「滅多なインフレでもびくともしない」程度にダイヤモンドを貯め込んでいます。慎太郎と暮らし、普通の家庭を築く分にはきっと十分な金額でしょう。それがどうして、7人殺してまで慎太郎に田治見家を継がせたいのでしょうか。その答えは、慎太郎の「無一文では結婚できない」という気位にあります。
しかしそれがわかっていても、森美也子のような気質の人ならば、きっと無理矢理結婚したのではないか、そんな気がしてなりません。慎太郎に避けられていたとはいえ、彼女のことなので慎太郎の気持ちはわかっていたでしょう。
サイコパス(正しくは、精神病質と言います)の特徴には良心の欠如、他者への共感力の低さ、自己中心性のような点がありますが、これらを勘案すると、森美也子の「慎太郎を思いやった行動」には、かなりの疑問の余地があるのです。これが却って横溝の良心の存在を示しているのが、興味深いですね。
後は、よく議論されるらしい典子の存在ですかね……典子の存在は割と映画やドラマで抹消されることが多いらしく、映像派の人々に覚えてもらえない悲しいキャラ(主人公と結婚する大事なキャラなのですが)だそうです。
典子の明確な意義としては、終わり方に不穏さを持たせる点です。結局八つ墓村の気質や血筋が、村の外とはいえ繋がっていく怖さを持たせて「イイハナシダッタカナー」にするのは、怪談的にはよくできた終わり方でしょう。
デメリットとしては話のテンポが悪くなることです。緊迫感のある展開に持って行きたいときに、主人公に愛人がいたらたまったものではありません。
話に恋愛が入っていると死んだ魚の目になりがちな僕ですが、しばらく公平を期して考えた結果典子はこの本には必要であると結論づけました。理由は色々ありますが、何より僕が一瞬でも典子のことを疑わしいと思ってしまった以上、典子の存在には意味があると思うのです。
総括
「ええ〜日本の文学?あんまり好みではないけど、読んだ方がいいですかね?」
と思いつつも読むかと自主的に読み始めた八つ墓村。
面白いですね。
八つ墓村、そして横溝の中にあからさまなイギリスが埋まっていたからこそ、ここまで抵抗感なく進めたのかもしれません。
前一度「うーん」と思うものにぶち当たったこともあり、乱歩や夢野くらいしか読んでいない日本のミステリー(探偵小説)ですが、それなりに読んでみようと思いましたね。
まずは「不連続殺人事件」からか……?
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