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アフリカ縦断鉄道旅1日目
あれ、お前昨日ザンジバルにおったよな?
その若い男は食堂車両の一席に座る僕の顔を指差しながら向かい側に座ってきた。彫りは深く、頭は坊主。華奢な身体つきで人懐っこい笑顔を向けてくる。タンザニア出身で、ザンジバルで教師をしているらしい。年齢も近い彼と仲良くなるのに時間は掛からなかった。
聞けば彼も、昨日の夜ザンジバルからダルエスサラームに向かう同じフェリーに乗り合わせており、仕事の休暇を利用して田舎の実家に帰省しているのだという。僕たちはフェリーの揺れがどんなに常軌を逸した酷いものだったかという事で盛り上がり、出てきたビーフの小ささに目を剥いた。
僕は今、タンザニアのダルエスサラームとザンビアの多分ルサカ(というのも、実はこの列車の終点がどこか分かっておらず、今地図上で線路を指で辿ったところルサカで終わっていたから)を結ぶタンザン鉄道に乗っている。
彼は途中の駅で降りるらしいが、僕は3日ほど列車に揺られて終点の駅まで乗るつもりだ。トイレはただ穴が開いているだけで線路の上に垂れ流し仕様であるし、乗務員はこちらから声を掛けるまで絶対にお釣りを返してこないなど、いくつか不満はあるものの、不規則な揺れに身を任せ、窓の外で移り行く景色を見つめるのはなかなかに心地が良い。列車に乗る際にも、出発時刻を3時間過ぎても発車しなかったり、麻薬犬が何故か僕のカバンの前で立ち止まったりするといったトラブルがあったのだが、それはまた次の機会に述べるとしよう。
とにかく、僕はその列車の食堂車の一席で地元の青年と向かい合っている。どんな人と相部屋になるのか楽しみにしていたのに、4人用の小さな部屋に何故か一人きりで既に孤独を感じ始めていたから、1日目にしてこの出会いは非常に喜ばしい出来事だった。
錆びてほとんど動かない窓を2人で協力して閉め、冷え着く外気を締め出すと、僕たちは小さなビーフを口に運ぶ事も後回しにして話し続けた。車内にヒップホップが流れ出し、俺はヒップホップが好きなんだ、と彼が伝えてきた辺りで電車が停まり、それを合図にするかのように僕たちは次にこの車両に戻ってくる時間を決め、それぞれの部屋に戻った。
それからも僕たちは毎食時間を決め、同じ席で食事をしながら話し合った。携帯も繋がらなく、部屋がある車両も別々でお互いの部屋も知らないため、どちらかが約束を破ればもう二度と会う事は無いのかも知れない状況の中で交わす次の約束は毎回新鮮で、少し心が躍った。平安時代に逢瀬を重ねていた人たちも同じ様な心境だったのだろうか。
列車に揺られて早くも1日が経ち、彼と一緒に4回食事をして、ビーフとチキンを2回ずつ食べた。彼の降りる駅が近づいて来て、見送りのために入り口まで付いて行く。
旅をしていると出会いと別れの連続である。『旅』という言葉はその二つの言葉と同義なのではないかと疑うこともある程だ。そこには常に、列車から降りていく者と乗り続ける者、新たに乗ってくる者がいて、駅で誰かの帰りを待ちわびる者がいる。旅をしている者として、その地や、その地に留まる誰かに背を向けて歩き続けなければならない事が多いのだが、今回は背中を見る番らしい。物事には何にでも表と裏がある。伊坂幸太郎は『死神の精度』の中で「人間はなんでも人生に例えたがる」と言っていたが、その通りかも知れない。
列車がゆっくりと速度を落とし始めると、彼がポケットを弄り一枚の皺だらけの紙幣を僕に手渡して来た。
「俺の事を忘れない様に持っといて」
列車はいつ止まってもおかしくない速度で走り、前方には駅が見えている。
「ちょっと待ってて!」
僕はそう告げると、立ち話をする乗客を走ってかわしながら急いで自分の部屋に戻り、カバンの奥底から五円玉を引っ張り出すと、また走って彼の元に戻ってそれを彼に手渡した。
「それなら俺らの絆は途切れないね」
『ご縁(5円)玉』についての由来を早口で説明すると、彼は最後にそう言った。
列車はまた走り出す。たとえ列車の中でどんな事件や考えられない出来事が起こっても、そんな事は知らない、とでも言うように列車は汽笛を鳴らすのだろう。
自分の部屋に戻りながら渡された紙幣をよく見ると、クスリと笑ってしまった。思わず窓の外を見る。もうそこに彼の姿は無かった。
「マラウイの通貨でどうやって思い出せっていうんや」
部屋に戻り、パソコンを広げて毛布に包まり、代わり映えの無い外の景色を時々見やりながらこの文章を書いている。
ちょうど今、ノックされた扉を開けると、見慣れない顔が2人立っていた。さっきの駅で乗って来て、彼らの部屋もここらしい。1人は陽気でもう1人は落ち着いている。彼らとどんな生活が待っているのか楽しみだ。
そう言う事なので、一旦ここら辺で筆を休めようと思う。
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