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エチオピアで首絞め強盗に遭った話
『絶望』-希望を全く失うこと。望みが絶えること。
エチオピアの首都、アディスアベバに着いて2日目の夜。僕と、日本人男性Hはゲストハウスのすぐ目の前にある通りに並ぶバーで酒を飲んでいた。
物売りやストリートチルドレン、チャット(エチオピアで合法の覚醒植物)の食べ過ぎで狂っている人こそいるものの、基本的にはみんな穏やかで優しく、アフリカで1番とも言われるほど美人の多いエチオピアで、僕たちは完全に油断していた。
お互いに今まで治安の悪い国々を旅してきて、それでも犯罪には巻き込まれていないという自信があり、対策として、必要最低限の物だけ持ち、上着のポケットにはダミーの携帯を入れていた。
前日の夜に、治安が悪いと言われる場所で物乞いに勝手にポケットの中に手を突っ込まれて携帯を奪われそうになったため、そういう輩への対策として、ダミーを散らばらせて、本当に財布と携帯が入っているズボンのポケットには手を突っ込んで歩き、スられないように気をつけていた。
物乞いは体格があまり良くない人が多く、襲ってきても2人なら何とかなる、そういう話もしていた。更に、ホテルの前の通りは治安が悪いとは聞いておらず、走りやすいようにわざわざ靴も履き替えていた。
そう、僕たちは油断していた。
この日は雨が気まぐれに降る夜だった。
僕とHはホテルから10分ほど歩いた所にある一軒のバーで雨宿りをしていた。エチオピアでは当たり前の、定期的に起こる停電に愚痴をこぼしながら、単調な音楽に揺られて安いビールを片手に、窓の外を眺めていた。
時刻は午前0時。
道端に街灯は無く、人影も見えない。
店を出ると、ちょうど雨が止んだところだった。ゆっくりと歩きながら、今日あった事について話し合い、ホテルに帰ろうとしていた。
今でも鮮明に覚えている。
Hは湿ったタバコに火を付けようと悪戦苦闘していて、僕はそれを見ながら話しかけようとした。
その時だった。
急に後ろに何か気配を感じ、パッと左後ろを振り返ると、10センチも離れていない距離に185センチはあろうかという程の黒人がいた。
真っ暗な中、目だけが僕の目線の上で浮かび上がっていた。
「、、え?近、。避けなあかんな、。」
ぼんやりとそう思った時、世界がぐるりと回った気がした。首に強い衝撃を感じ、息が苦しくなり、周りに何人もの黒い影が一気に飛び出してきた。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
しかし次の瞬間、かなり先を走っていた現実に、急に身体と頭が追いついた。
「やばい!殺される!」
そこからは、永遠かと思える程、時間の流れが遅かった。
僕の胴体ほどもある太い腕に絞められながら、暗闇の中、四方八方から何本も腕と足が出てきて、もうどこを殴られて蹴られているのか分からない。感覚がない。
なのに、意外と頭は素早く回転していて、様々な考えが頭を駆け巡る。
これって首絞め強盗か。
とにかく、噛んでしまっている舌をどうにかしないと、あと数分で、自分の歯で噛み切ってしまう。
苦しい。
少しでも顎を入れて、呼吸を確保しなければ。
Hさんは、暗闇の中で揉み合っているのがぼんやりと見えるけど、大丈夫か。
とにかく抵抗する意思がない事を示して、腕を解いてもらおう。
敵は何人か、英語が通じるか、遠くに見える灯から騒ぎを聞きつけて助けが来るか。
ダミーの携帯を渡して、本物の携帯とパスポートだけでも守ろう。
このままやったら人間って何分ぐらいで死ぬんやろ。
これらの考えが同時に頭に浮かび、「I’ll give you all!!!!(全部あげるから!)」と、降伏している事を示し、声にならない声で叫び続けていたのを覚えている。
「I’ll give … all!! … give ……!!」
だんだんと声が出なくなり、息が苦しくなり、舌は今にも噛み切れそう。
真っ暗な中、何人いるかも分からない。
Hさんが視界の隅で走り去って行くのが見えた。
逃げる背中がどんどん小さくなっていく、。
後に残されたのは自分だけ。攻撃は緩みそうにもない。
「しぬ、、、」
絶望という言葉が出てくるよりも先に、絶望を身体で感じていた。暗闇よりも暗い何かが急に自分に覆いかかってきたみたいだった。
沈み行く意識の中で、最後の最後に、力を振り絞って、強引に地面に突っ伏し、亀のような格好で、抵抗する意思がない事を全身で示した。
首を絞められながら、財布と携帯が強引に奪われていくのが分かる。ズボンの中に隠していた、パスポートとクレカを入れた薄い防犯用バッグも剥ぎ取られた。
「うぐっ。」
右の脇腹に強い痛みを感じる。トドメで蹴られたのだろう。
皮肉にも、ダミーの携帯を入れた上着の右ポケットだけは探られなかった。
もう全てがどうでも良くなっていた。生きたいけど、自分が生きているのかどうかも分からなかった。
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