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犯罪者と同じ車に4時間半。


人混みの中を抜けていく。
大丈夫、場所は頭の中に入ってる。

ここはアフリカ三大凶悪都市と評されることもあるケニアの首都ナイロビ。
背中には13キロ程のバックパック。右手には4キロ程のリュックサック。左手にはテント。日差しも容赦なく照り付けてくる。

額から流れる汗を拭ってさっきまで降っていた雨のせいで出来た水たまりを躱しながら、また歩き出す。

10日間も過ごしたナイロビを離れるのは少し寂しいが、街を歩く人達は誰も僕の気持ちなんて知らないだろう。
「チーナ!チーナ!(中国の意)」
お決まりのフレーズを投げかけながら近付いて来る度に警戒心が頭をもたげる。
まだ夕方で人通りが多いとは言え、こんなに荷物を持っている時だといつもより余計に怖い。

「ナマンガ!」
目的のバスステーションに着いて、客引きに次の都市の名前を告げると三列シートのミニバンの所に連れて行かれた。

ナマンガはタンザニアとの国境にある小さな村。韓国客向けに商業化していない昔ながらのマサイ族が暮らしているらしい。
ツアーでマサイ族に会いに行った人が口を揃えて不満を言うのを見て、ツアーに参加するのはやめた。
そんなものを見ても仕方がない。見世物としての確認作業じゃなく、ちゃんと色んな事を話し合いたい。

バックパックを車の上に積み、細い紐で縛る。落ちる気しかしないが、大丈夫らしい。もし落ちたらこいつも車から落とそう。

ミニバンの中を覗くと、既に助手席に2人、2列目に4人、3列目に3人が座っていて助手席に乗るように指示された。窓側に座っていた不機嫌そうな顔のおばさんがわざわざ車から降りて中に座るように促してくる。

こんな狭い場所で、真ん中に何時間も座ると多分酔って吐いてしまうだろう。
助手席は事故が起きた時に1番死にやすいとも聞いた事がある。しかも2列目には目つきの悪い男たちがこちらを見ている。

2列目の左の窓際の男に懇願すると席を代わって貰えた。目つきの悪い男たちも、後ろに居られるよりは横に居た方が幾分かましだ。
特に1番右の窓際にいる奴の目付きが格段と悪い。あいつには気をつけよう。

バン!バン!バン!
外にいる男が車体を3回叩くと、それを合図に大きな音を立てて車体が動き出した。
リュックサックを両手で抱え、ドアに身体を預けて移りゆく外の風景をぼんやりと眺める。
気を張り詰めていたはずが、ずっと外を見ていると眠気が襲ってきた。
手を引っ張られるように眠りの中へと引き込まれていく。自慢じゃないが眠気にはめっぽう弱い。

騒がしい音で目を覚ますと、そこはガソリンスタンドだった。どうやらちょっとした休憩時間らしい。外に行く気は無かったが、窓を締め切っていて車内の空気が耐えられないほど淀んでいたので、1番右の男に声をかけ、身振り手振りで窓を開けて貰えるように頼んだ。こちらの窓は壊れていて開かない。

男はこちらを一瞥すると首を横に振った。え?なんで?理由は聞いても答えない。ただ首を横に振ってこちらを睨むだけ。

試しに僕も睨み返した。シートの端と端で起こる静かな争い。そんな空気に耐えられなかったのか、僕の2つ右の席に座る男が1番右の男に何か言った。

急に後ろに回した手を何やらゴソゴソと動かし始めた男。何だ、ナイフか何か出してくるつもりなのか。少し身構えるが、次の瞬間男が見せてきた手には何も握られていなかった。ただ、その両手は手錠で後ろ手に縛られていた。鎖の様な手錠で動く余地がない程に、ガッチリと。

そう言う事だ、と目で訴えてくる2つ隣の男。相変わらず睨んでくる1番右の男。予想だにしなかった唐突な状況と2人の雰囲気に圧倒されて、僕は窓を開けてもらう事を諦め、また自分の窓の外を眺め出した。

何で手錠?犯罪者?バス間違えた?疑問が次から次へと頭に湧いてくるが、聞く勇気も無ければ英語も通じない。よく考えると手錠をしていることは窓を開けない理由にもなっていない。

休憩時間が終わりバスが走り出すと、さっきまで前に座っていたおばさんの姿がない事に気づいた。運転手に伝えると車をUターンさせガソリンスタンドへ戻った。そこには一人佇むおばさんがいた。手を振っている。慌ただしく車に乗り込み、また何もなかったかの様に車は発進する。戻らなかったらおばさんはどうするつもりだったのだろう。何で怒ってないんだろう。とにかくトイレに行かなくて正解だった。

そんな事を考えていると手錠の事など次第に忘れていった。瞼が重力に逆らえなくなってきて、もう逆らう事を辞め始めた頃、後ろから聴き覚えのある音と共に一台の車が迫ってきた。

パトカーだ。

車内が青と赤のネオンでチカチカする。運転手は小さく舌打ちをし、車を路肩に停めた。すぐ後ろにパトカーが停まり、中から警官が3人降りてきて身分証の提示を要求された。

ポーチから新品のパスポートを出そうとすると、お前は分かっているからいいと言う。こちらは何を分かっているか分からないが、出さないに越した事はない。ポーチを探っていた手を大人しく膝の上に置き、気配を消した。

警官が一人一人の身分証を確認していく。ミニバンの中に外国人は僕一人。周りの人達は自前のI.D.カードを持っていた。

ふと、身分証を確認している警官の手が止まる。釣られて僕もその手元をこっそりと見る。そのI.D.カードの顔写真は、僕の2つ右に座っているさっきの男だった。

警官達が何か少し話し合い、その男は手首を掴まれてミニバンから降ろされた。一人減った事で少し広くなった2列目のシート。もうすっかり暗くなった窓の外を飽きずに眺めながら考えに耽る。

警察からは解放されて夜道ドライブの再開だ。何が起こったのか、起こっているのかさっぱり分からない。2つ隣の席には相変わらず手錠をされ後ろに手を回している男が座っている。彼もまた、逆側の窓の外を眺めていた。果たして彼は何を想っているのだろう。降ろされたのはこいつじゃなくてその隣の男だった。

境遇の全く異なるふたりが、同じ車の中でそれぞれの窓の外を眺める。

 それからも、目的地に着くまでに2回、パトカーに停められた。もしかすると最初に僕が寝ていた時にも停められていたのかも知れない。

そんな僕の考えを一蹴するかの様に、僕らを乗せた小さなミニバンは地面の凹凸に車体を大きく揺らしながら煙を立てて走り出す。
駄目だ。また眠くなってきた。

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小松航大
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