46歳丁寧に生きる

事業に失敗して、就職にも失敗して、体調崩して、無職になって、思うことは。

自分の人生を見つめ直す。

とか、

自分を大事にする。

とか、

振り返る。

とか、

これからを考える。

とか、そんな感じになる。

40歳を過ぎて6年。

最近老化というものを自覚した。

今までの挫折時は、もちろん見つめ直しも自愛も振り返りも考えもした。

その都度、新たな挑戦や習慣を取り入れてとにかく足し算をしてきた気がする。

それは若さだった、と今思う。

そしてその経験がこの歳になって本質的な幸福に必要な要素は何かを教えてくれている。

人は歳を取りどんな人も老化する。

個人差はあれ、心臓の鼓動は着実に回数を重ね肉体の経年劣化は避けることはできない。

であれば、負荷はなるべく軽くしていきたい。

だから、今回の挫折でも見つめ直したり自愛も振り返りも考えもしてるんだがここからが今までとは違う。

まあ、経験値から学んできたことも糧にはなって行動に活かされるのだろうけど。

こう在りたいという理想像に気づき、手放し、

しなければならないと自分に課していた義務からの解放と、

心身の健やかさをどう作り維持していくかを日々意識してみた。

その結果、これからは行動の引き算と簡素化。

そして実行することの質を向上させるということ。

簡単にいうと、シンプルイズベストだ。

そしてそれを習慣化していくこと。

ただ、この習慣化は大体続かない。

私が目指すのは、習慣化するのではなく心地よいものが習慣化していたという結果。

習慣化を目標にしてしまうとやらなければいけないことになってしまう。

どうなりたいか、どう在りたいかが腑に落ちていれば行動は自ずと付いてくる。

なので、そこをいかに無理せず等身大であるかが大事だ。

その延長線上に成長とかステップアップがいつの間にかあるのが理想。

心身を壊し、老化を認識したからこそ心底そう思う。

何をしないで、何をするか。

それはどうなりたくて、どう在りたくてするのか。

やりたいのか、やらなければと思ってるのか、やりたくないのか。

行動の前に一度立ち止まって考えるようになった。

そしたら、今までいかに余計なことで忙しくしていたのかがよく分かった。

結構無駄が多かった。

そういうものを減らしていく努力はしていきたい。

最近心掛けていることは、よく噛んで食べることと歩くときは骨盤底筋を意識すること。

たったこれだけでも、身体が変わっていくのが分かる。

急に食事制限したり、筋トレ始めなくてもたったこれだけでも違う。

身体が変わればまた気持ちがシフトチェンジして違うことを意識できるようになるだろう。

そういうちょっとしたことを大事にすることを、私は丁寧に生きる。と言いたい。


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