黙らせることに未来はない、「ヒトそれぞれ」でも片づけず今、信じる善、正義が更新されることを恐れない。
流行りのディベートでは相手を理論攻撃して打ち負かせる。快感もある。
最たるものは哲学や宗教観念かもしれないのだけど、世界には何らかの「真理」や「本質」がある。という前提に立つもの。
最後は「ひとそれぞれ。」にもなる。
個々の持つ善、社会の持つ正義の正当性を争うよりも、それぞれの信念を更新させて行くスタンスの方が、建設的未来が開ける気がします。
今、信じる善、正義が更新されることを恐れず、対話を続けることの重要さを感じたので記録しておきます。