見出し画像

「切断」するチカラ

問題となる対象と解決方法の連続性の中で、「これはこうだろう」と考えがちなのだけど、”そのとき” と ”(取り巻く環境含む)いま” では異なっている事実を無視できないもの。と理解してる。

「認識論的切断:ルイ・アルチュセール」とされる考え方はまだ理解の途中ではあるけど、いわゆるピンチ(絶望)のときにそのチカラが発揮されやすいのかなと思って記録する。

分かりやすい例で言えば、健康上で予期せぬ余命宣告や、経済上で予期せぬ多額の借金とかだろうか。

一般的には「絶望」とされる場面、このときの考え方や立ち振る舞いで、その後の人生が異なるのはなんとなく想像できる。

そして、現在人生成功者に見える人たちも実は一般的な絶望の時期を過ごしているのは自伝書や経験談でよくある話。

これまでと異なる方法で過去の例を削ぎ落し、前を向き望むとき、残った信念を貫く姿勢が周りを良い意味で巻き込み自立させるのかもしれない。

言語化してなくても”予期せぬ”が人生を変えることを私達は知っている。そのときの状況で連続性や関係性を断ち切り、事実と信念を再構築するチカラ「切断する力」を持ち合わせたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?