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「〇〇(夫の名前)の奥さん」と呼ばれることについて

 お寺にたくさんのお参りがある年末年始。ご門徒方はもちろんだが、友人たちもまた、お寺に足を運んでくれる機会が増える。除夜会の準備や運営は、いまや友人たちの協力なくしては成り立たない。無条件で手を貸してくれるかれらの、なんと有難いことだろう。
 私は福岡県はおろか、九州の出身でもない(嫁いで来るまで住んだこともない)。なので、近隣の友人たちは皆、もともと夫の幼馴染や同級生と、その家族だ。移住して丸6年、一緒にお酒を飲んだり遊んだりしながらお互いのことを知り、やがてかれらは私にとっても大切な友人になった。だが、当然ながら私の友人というわけではない夫の友人はいる。
 関東から帰省し、お寺にやってきた夫の友人夫婦(30代)に、「〇〇(夫の名前)の奥さん」と呼ばれて驚いた。最近、そんな風には呼ばれた記憶はご門徒を含めて多くない。こういったジェンダーリテラシー的なものは、意外と都会や田舎、年代といった環境要因よりも、その人自身によるのかもしれない。


「〇〇の奥さん」


 久々に聞くと、わりと呪いめいた要素のある言葉に思える。今という時代において、すべての相手や文脈においてNGとは言えない。しかし、なんだろうか、この拭い去れない誰でもない感。ということで「奥さん」について、調べてみることにした。


「奥さん」の語源

「奥さん」のもととなったと考えられる「奥方」という言い方が文献の上に現れるのは、1562年のことです。

 北条幻庵が書いた『北条幻庵覚書』に「近年、座頭と申せば、いずれもおくがたへ参候」と記されます。「最近、我等が首長は、皆様、奥の間の方へとお出でになります」という意味ですが、「奥の間」とは、すなわち、家の奥の方にいる「妻のところ」を表しています。

妻?嫁?奥さん?…女性配偶者の呼び方としてふさわしいのは?(ダイヤモンド・オンライン)


 いいですね、奥さん。家の奥の方に置いておいてもらえるなら、そう呼ばれてもいいのかもしれない。表に出なくてよくて、お寺においては境内を走り回って行事の準備やらなんやらしなくてよくて、あれやこれやの来客対応もしなくてよくて、それでも敬意を込めてそう呼んでもらえるのなら。しかし現実は違う。今や、世のすべての「奥さん」が、家の奥に座していればOK、なんてことはない。そういう意味ではもう日本に「奥さん」など存在しないだろう。


見直したい表現

 そんなことを調べていたら、埼玉県朝霞市の広報誌が2022年3月に面白い記事を掲載していたので、紹介したい。

広報あさか2022年3月号(No.778)


 「主人」・「奥さん」を「見直したい表現」とし、かわりに「望ましい表現」として「夫」・「妻」を挙げている。理由は「男性が主で女性が補助的な役割といったイメージを形成するため」ということだ。

 また、配偶者の呼称に関する日経新聞の2023年3月の調査結果によると、こんな具合だ。

「妻と呼んで」6割も実際は35% 中立的表現求める声(日経新聞)

 いずれも「どう呼ばれたいか」と「どう呼んでいるか」には大きな乖離があるようだ。個人的には、男性による「どう呼んでいるか」の「妻」率の低さ、「どう呼ばれたいか」の「主人」率の高さにやや驚いている。

 私自身、こんな(こうして書いたりする)草の根活動をしたいとは、正直全然思っていない。むしろうんざりだ。だが、30代でも友人家族と席を同じくする場で「〇〇の奥さん」な人たちがいるのが、今の私たちの世界。

「解放」は差別的な文脈から解き放たれることですが、クィア・スタディーズでは「抵抗」という言葉を使うことのほうが多いですね。「抵抗」には差別的な文脈のなかで闘うしかないというニュアンスが込められています。「私たちにできるのは解放を夢見ることより抵抗じゃん?」と言う感じです。

『「あなたを振り向かせる」フェミニズムの力。』/ 森山至貴(月刊 同朋 2023年12月)

 嫌だと思うなら、できる抵抗をするしかない。抵抗は圧力に対して起こるのだから、構造的に、多数派、特権側、といったアンチが最初から存在する。一方で、抵抗を支持する人も、必ずいる。そういう人を見つけたければ、学び、行動する。ただそれに尽きる。


「○○の奥さん」とはつまり

 それは特定の誰かの妻であるという立場を示すものだ。つまり、重要なのはその「立場」であって、その人自身ではない、ということを公言している。あまりに一般的な呼称なので、そんな意図はない、あるいは、そんな風には感じない、という人も多いだろう。しかし、私がその呼び名に呪いをみる理由は、要するに誰でも良い(その立場の人でありさえすれば)と感じさせられるからだろう。「〇〇の奥さん」と呼び、呼ばれるとき、「それはつまり目の前にいるアナタだけれど、アナタが誰かってこととか、アナタであるってことは重要ではなくて、〇〇がアナタと結婚してるってことが、ワタシにとってのアナタのすべてなんだよねー」というメッセージが意図せずとも込められる。相手が夫の友人だったり、ましてや夫の友人の妻だったりすると、尚更だ。


一方で

 Googleで「他人の配偶者 + 呼び方 + マナー」と検索すると、冒頭はこんな表示になる。

(2024年1月2日現在)

 こういう記載が、それほど多いということだろう。

 また、こんな記事もある。

「奥様」は元々他人の妻に対する呼び方で、相手を敬う意味を含んでいます。そのため上司のような目上の男性との会話で相手の配偶者のことは「奥様」と呼ぶのが一般的です。上司に限らず職場の人との会話や公的な場でも本来失礼にはあたりません。

目上の女性との会話では相手の配偶者、つまり夫のことは「旦那様」や「ご主人様」と呼ぶ人が多いようです。「旦那」は軽い敬称の意味を含む格上の人に対する呼び方です。「主人」は昔ながらの呼び方で、特に年長者には受け入れやすいと考えられます。

「ご主人様」や「奥様」が相手の配偶者を敬う丁寧な呼び方ではありますが、本来の意味や言葉の由来から不快に感じる人もいるかもしれません。

「主人」は「家の主」の意味があり、家庭内の主従関係を連想させます。また「奥様」は「家の中にいる人」に由来しているといわれ、「男性が外で働き女性は家にいるもの」という古い考え方を反映しているともいえます。言葉から受ける印象や夫婦関係についての考え方がさまざまなので、相手によって配慮が必要です。

自分の配偶者を呼ぶ際に対等な関係を意識して「夫」や「妻」を使っていたとしても、相手の配偶者となると「夫様」「妻様」などは不自然な日本語になり、完全にニュートラルな表現がないのが実情です。ちょうどいい表現がないために違和感を抱きつつも「ご主人様」や「奥様」を使っている人もいるでしょう。

本人が「パートナー」のように呼び方を決めているようであれば「パートナーの方」と相手にならうのが自然です。また相手が名前で呼んでいるようであれば「〇〇さん」と名前で呼んでもいいでしょう。そのほか「〇〇さんのお宅では…」「〇〇さんのご家族は…」などあえて特定の呼び方を使わない方法もあります。

言葉はコミュニケーションの大切な要素です。自分が気にしない場合でも「相手はどう感じるだろう?」と考えを巡らせて、丁寧な言葉選びができるといいですね。

話している相手の配偶者を「奥様」「旦那様」と呼んでいいの?
注意点と上司や友人同士の会話での使いわけ
(みんなのウェディング 2021.10.26)

 違和感や心配はありつつも、最終的に他に適切な呼び方がみつからない感じがあらわれている。今や古からの課題となっているこの件。おそらく、この一点の問題ではない。ジェンダーにまつわる圧力の枠組みを俯瞰し、複合的に捉えて考える必要があるのだろう。


 参考までに、こちらも。今現在の出来事だ。夫婦別姓に反対する人は、きっと「奥さん」にしておきたいのだろうと思う。

Instagram @fuemiad


「○○の奥さん」と呼ばれた時の適切な切り返し

 何かちょうど良いもの言いはないものか。事を荒立てたい意図はない。ただ、既婚者だろうが、親になろうが、なんだろうが、誰しも固有の名前がある。「〇〇の奥さん」は、その人のことを呼んでいるようで呼んでいない。少なくとも、そのことに自覚的であれと思う(自戒も込めて)。夫と共にこの課題について考え、結論、夫が「□□(妻の名前)です」と訂正する、ということに落ち着いた。夫婦が逆の場合も然り。是が非でもということではなく、相手や場合をみて考えながら、抵抗していこうと。黙って返事をしていたのでは、その振舞いや考えをただ肯定したことになる。伝えて理解するか、納得するかは相手の問題だが、せめて意思表示はしていきたい。

 「〇〇の奥さん」という人はいないし、同じように「〇〇の旦那さん」もいない。ひとりの「人」がいるだけだ。

精進します……! 合掌。礼拝。ライフ・ゴーズ・オン。