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93. おかえり

ボクたちはクリニックでもらった紹介状を持って、また○○総合病院を受診しました。

産婦人科外来の待合。最後に来たのはココが亡くなって3か月後の受診の時だから10か月ぶりか。さすがにまだ細かい景色まで覚えている。

この待合に初めて来たときは、周りがハッピーな雰囲気の妊婦さんばかりで戸惑ったけど、それでももうボクたちもその仲間入りなんだとソワソワしていた。ココが亡くなってからは…ここにいるのは苦痛でしかなかった。妊婦さんの大きなおなかも、新生児健診の赤ちゃんもとても見ることができなくて、なるべく離れた椅子に座って、じっと下を向きながら奥さんと強く手を握り合っていた。

うれしさと、つらさと。鮮やかなのはやっぱりつらい記憶の方で、久しぶりにやってきたこの待合でボクはどうしても伏し目がちになっていました。すると横に座った奥さんがそっとボクの手を取って、自分のおなかにあてて言いました。

「大丈夫。ここにもいるから」

うん、そうだ。ボクたちはココのきょうだいのために、また戻ってきたんだ。

奥さんの内診が終わって、診察室に呼ばれました。しっかり奥さんの目を見て、にっこり笑って、前と同じはきはきした口調で、あの女の先生はお話ししてくれました。

その後、体調はどうですか?
内診の結果では、今のところ経過は順調です。でも前回のこともあるから、慎重に見ていきましょうね。
今回は計画帝王切開になると思います。37週以降に出してあげられたらベストだけど、34週くらいでも大丈夫。また経過を見ながら考えましょう。
前回の帝王切開の時に子宮の一部が裂けてしまっていて、エコー検査ではきれいに治ってそうだけど、もう少し赤ちゃんが大きくなってからしっかり検査しましょう。

ちゃんと前回のことも踏まえて考えてくれている。奥さんが用意していた質問にも、しっかり、わかりやすく、丁寧に答えてくれました。

診察が終わって会計の書類を待っていると、診察室から出てきた先生が声をかけてくれました。

「ちょっと時間あるかしら?あなたたちに会いたいって人がいるから」

しばらく待っていると、遠くから駆け寄ってくる人がいました。ココのお世話になった、病棟のスタッフさんでした。ココの異変に真っ先に気づいてくれた、あの助産師さんでした。

「ここ村さん、おかえりなさい!よかった、また戻ってきてくれたんですね!」

眼を潤ませながら、奥さんと抱き合いながら、ボクたちがまたここにいることを心から喜んでくれました。

「先生がね、ここ村さんの外来予約が入ったよ!ここ村さんまた戻ってきてくれたよ!って病棟のみんなに教えてくれたんです。みんな大喜びしてますよ」

先生も、他のスタッフさんたちもみんな覚えてくれていたんだ、気にかけてくれていたんだ。ありがたいな。感謝の気持ちを伝えると、その人はおっしゃいました。

「もちろん覚えてますよ!ココちゃん、可愛かったですものね」

ああ、ココの名前まで。うれしいな。またこうしてココの名前を呼んでくれた。

そして、どんな小さなことでも不安があれば相談してほしい、私たちが全力でサポートしますから、と力強く言ってくれました。

ココのことも、おなかの子のことも、ボクたちのことも、みんなが大切に思ってくれている。
「ありがたいね」
いつもの口癖を、気が付けばボクたちはまた何度も口にしていました。

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