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ある田舎の野球少年が中学受験でエスカレーターの付属校に合格するまでの話②

前回は、
・中学受験は親の意向が全て
・入塾はだいたい小4から
・小5の夏期講習スタート

といったところまでお話をしました。
今回はその続きです。

小学校5年の夏期講習では、夏休みはほとんど毎日塾といったことはありません。私も、習い事の野球を大きな支障なく塾と並行して続けいました。

しかし、この支障なくというのはあくまで子ども側の目線です。
塾の成績は下がり始め、一方で塾からが志望校の調査が始まり、親としては志望校を意識し始める時期かと思います。

そんな中、私の塾での模試の成績は下がり始め、入塾のときに8割取れていた得意科目の算数でも6割弱の成績を取ることもありました。
苦手である国語は壊滅的な点数であったと記憶しております。

また、詳しくは覚えていないのですが、中学受験の4科目(国、算、社、理)の社会と理科もこのくらいから授業が始まった気がします。

得意科目である算数は伸び悩み、国語は相変わらず苦手、その上、社会、理科という新しい科目が加わり、親の立場からすると自分の子どもは一体どこの学校に合格するのだろうかという不安が生まれます。

この頃から、習いごとの野球を制限されすようなことはまだなかったのですが、

「勉強しなさい。」
「そんな成績じゃどこも受からないよ」

的な小言を言われるようになった気がします。

夏期講習が終わり、小学校のスケジュールでは2学期が始まる頃、私は自宅で学習の際に家庭教師をつけられるようになりました。

最終的に、私は中学受験の終了まで、のべ3人の家庭教師の先生にお世話になります。

家庭教師というと仰々しいですが、生徒が小学生で、まだ中学受験の心構えもない小5の段階でつく家庭教師です。

はっきり言って、その一番の役割は

「勉強の見張り」

です。よっぽど精神的に大人(大人というか子どもらしくない。)な子どもじゃない限り、10歳ちょっとの子どもが、机に座って問題を解くなんてことはありません。
だいたい1時間くらいが限度じゃないでしょうか。
私も普通の野球少年でしたので、机に座っていることなど当然できずに、体を動かしたくなるタイプの少年でした。

そんな私を見かねて母親が雇ったのが、一人目の家庭教師でした。

中学受験の家庭教師の役割はそういった、ある意味子どもらしい受験生に、あの手この手でやる気を出させ、机に向かわせることが何よりも重要です。

ここから、私と家庭教師の二人三脚とも言えるお受験モードが始まりました。


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