せめて私を驚かせろ
今日のnoteは自分の気持ちを少しでも整頓するための記事です。明るい話題にはなりそうにないので、この低気圧で頭痛に襲われている人など、精神面の調子があまり良くない場合はこのまま「戻る」を押していただければ幸いです。
***
では、書きます。ここにこうして書くことは、私の欺瞞や自己満足の域を出ません。ただ、こういう現実があるということをnoteで繋がってくれている皆さん(の一部)に伝えることは、決して無意味ではないと考えて、「ごめんなさい、ごめんなさい」を脳内で饐えるほど繰り返しながら書いています。
痛いほどわかっています、何をどう飾り立てたところで、私の友人は二度とかえってきません。
笑顔しか思い出せない
2018年の年の瀬の出来事でした。仕事納めが目の前で、私は完全に浮き足立っていました。クリスマスも友達で集まって「フライドチキン買いすぎたー!」「ワイン足りないし!シャンメリーじゃ酔えないし!」ってはしゃいだあとで、ここであと少し仕事を頑張れば年末年始はまったりと過ごせるなーなどと思っていました。そこに疑義を挟む余地は全然ありませんでした。だってクリスマスパーティーだって楽しかったし、あの子もずっと笑っていたし、なんだかんだでこんな日々が続くのかなって。
今になってこう書き起こしてみても、私は本当に何も見えていなかったんだろうなと痛感します。
詳細な経緯は書けませんが、彼女は公権力寄りの立場の人間らに一方的な搾取と暴力を受け、それによって海馬に深く刻まれたトラウマから逃れるため、自ら命を絶ちました。
一報を夫から聞いたとき、私は非常に間抜けな顔で「え?」と発するのが精一杯でした。さぁもうすぐ仕事納めだ~とウキウキしながら電車に揺られていた自分に、天罰が下ったのだと直感しました。前後の文脈うんぬんではなく、純粋に天罰だと感じたのです。私にこのことを伝えなければならなかった夫もつらかったでしょう。しかし、パートナーのつらさを気にかけることさえ、その時の私にはできなかったのです。思考がパンクして、徐々にあの子と「最後に」交わした会話が思い出されました。
彼女が「己の救済」のために行った準備と実行には、恐ろしいほどの情念を感じました。「未遂なんか絶対にしたくない」、そんなメッセージを受け取った気がしました。それは間違いなく、厳然たる、「この世界に対する拒絶」でした。
ほとぼりが冷めた(と周囲が認識した)頃、タントウシャやセンモンカやセーシンカイは言いました。
「なんであの時、彼女にもっと寄り添ってあげられなかったのか」
この発言は今年の3月上旬のことでした。私は怒りと諦観と自己嫌悪がぐちゃぐちゃないまぜになった感情に襲われ、すぐに反論できる言葉を見つけることができず、ぐっと息を飲み込むのが精一杯でした。
もしかしたら何かしらは言い返せたのだろうけれど、そんなことはあの子が望まないという気がしてしまったのです。だって、私はあの子の笑顔しか思い出せなかったから。
「綺麗事屋」で何が悪い
私は職業柄、嫌でも人権問題の深い部分に関わらなければならない場面も多く、ゆえにたくさんの「悲鳴」を聞いてきました。霞ヶ関・永田町界隈にガンガン足を運んで声をあげてきました(この辺はあまり深く書いてしまうと仕事話になってしまうので、これ以上のことはご高察いただければ幸いです)。
そこで、「嘘でしょ、ここ日本だよね? こんなひどいことが横行しているの?」といったショックを体験や見聞として重ねていった結果、好きだったはずのこの国が、かなり色褪せて見えるようになってしまいました。
私は時々、ありがたいことに大学や企業や省庁の研修などにお声がけいただいて、講演活動をすることがあります。そこで肌感覚ですが確信しているのは、
面白いリアクションを返してくれる人が激減した
ということです。ギャグセンスがどうこうという話ではありません。話し手である私をびっくりさせるような、新たな発見をさせてくれるような、ワクワクするような提案をしてくれるような、そんなリアクションペーパーは滅多に見なくなりました。「笹塚があんなことを話してたけど、まぁ概ねこんなフィードバックをしておけば満足だろ」、「笹塚の主張はわかるよ、わかってるよ。だからわかっていることを正確にアウトプットするね」、「笹塚先生のご期待に沿うような報告書を作りました~」とか、そんなんばっか。
一面として、私の講演に聴衆の心を揺さぶる力が足りていないということもあるのだとは思います。講演は演劇やライブのようなもので、その場その場が常に勝負のナマモノです。それゆえ、たくさん失敗もしたし恥もかいたし、でもそのぶん伸びしろが私にはまだたくさんあるのだと、そう思い直して泥臭く活動を続けています(でもdisられるとそれなりに凹む。しかし忘れっぽいので深く意に介さない)。
以前、とある大学での講演が終わって、さて帰ろうかなーと荷物をまとめていた時のこと。前方に座っていたインテリ系男子学生さん(そもそも私などは現役ではまず入れなかったであろうレベルの大学)が、あの独特の「声の絶妙な音量加減と飛ばし方」(これ理解できちゃう人もそこそこいると思うの)を用いて、聞こえよがしにこうおっしゃいました。
「っっつってもさ、綺麗事じゃん」。
あああそうですかーあなたには伝わらなかったですかーあーそうなのねー、と残念に思いましたが、もっとも講演なんて100名の聴衆がいたらそのうち1,2人に響けば御の字、だとは思っているので別にいいんですが、、、面と向かって言えない割にSNS等への投稿も学校側が禁止しているから、ああして「聞こえよがしに言ってやったぜウヘヘ」パターンしかとれなかったんだろうけれども。あんなダサい言動を取る人間があのレベルの大学にもイキイキといらっしゃることには、ほんのり絶望感を抱きました。まー学力と人間性の相関なんてもともと幻想なんですが。
ああそうだね、綺麗事をたくさん私は話したかもね。その大学生に1つこちらから訊きたかったのは、「綺麗事の発信にさえ規制がかかるような社会についてどう考えますか」「綺麗事を発信することは、どのあたりがあなたにとって不利益なのですか」「人権や差別などの社会課題を今更個々人の『思いやり』だの『優しさ』だのに収斂してお茶を濁してる大人たちに何か一言!」ということです。あ、3つになっちゃった。その日は次の予定が入っていたこともあり、私は足早にキャンパスを去りました。胸元に不快なモヤモヤを抱いたまま。
「こんな社会は今すぐ変えるんだ!」とは私は話しません。そんなことはハナっから思っていません。もしも社会が劇的に変化するようなことがあれば、それは恐らく誰かの血や涙が流れることである可能性が高いことなので、私はまったくそんなことは望みません。私にできることはほんのわずかです。晒し者的に笑われようとも、前にでばって言いたいことを、言うべきことを、精一杯叫ぶこと。正直、すごい格好悪いとは思うんです。私がもしも学生だったら、「なんかBBAが喚いてるwww」「うぜぇマジキチ乙草」とかSNSとかに書いちゃってたかもしれません。学生時代の私は、今以上に愚かだったから。まーでも昔(中学時代)さんざん笑われて貶されてきたぶん、慣れ感というか、「またそれな」的な微笑を返すほどには余裕が出てきたお年頃です。
一人ひとりの力なんて本当にわずかです。それは私も、今これを読んでくれているあなたも、誰もかれも同じことです。どこかの国の総理大臣だろうと、どこかの巨大な宗教団体の幹部だろうと、精神障害を携えつつ人々に地道に癒しを提供し続けている人だろうと(これ私のダーリンね)、精神障害と不幸を直結したがる価値観を真っ向から否定するために奮闘する人だろうと(これ私だ)。一人ひとりは微力。でも、だからこそ、自分にできること、したいこと、するべきことに真摯に向き合って、知恵なりなんなりを差し出しあって社会を構成していく、その過程にこそ価値があると思うし、その結果として社会が豊かな方向へ耕されれば、それがいいんじゃないのかなとは思っています。これも「綺麗事w」なんだろうか。
「精神障害者らしくしてて」
既述の通り、私は社会の変革をどかーん!と目論んでいるわけではありません。ただ愚直に、「昨日より今日、今日より明日、私の手の届く範囲の人々がほがらかに、穏やかに、のびのびと暮らせる」ために、持ち前の微力をそっと差し出しています。たいしたことはしていません。ただ、自分なりに頑張って誠実であろうとすると、こんな声に遭遇します。
「あなたは精神障害者なんだから、精神障害者らしくしててよ」。
これは同じ母校出身の、とあるソーシャルワーカーに投げつけられた言葉です。私はこのときも返答に窮しました。「精神障害者らしく」ってどういう感じなんだろう。もしかして目の焦点が合ってなくてヨダレを垂らしながらヘラヘラ笑っている姿、みたいな? え、それって日本に来たことのない外国人が日本人を想像するときに「チョンマゲ、ハラキリ、フジヤマ」って表現するのと似たようなレベルじゃない? え、ちょっとごめんよくわかんないんだけど。
「私は忠告しているんだよ? あまり目立って発言し続けると、そのうちひどい目に遭うから」
へぇーそうなんだ。自分らしくあろうと発信するとひどい目に遭うんだ。それって、今大流行中のみんな大好き自己責任! ってこと?
「私はあなたのためを思って言ってるのに! 話にならない!」
えーっと、タチの悪い人の常套句として「あなたのためを思って」がございます。その他には「悪いようにはしないから」などが有名ですね。そのソーシャルワーカーさんは怒って私との会話を一方的に終了したのち、某所に盛大に書き散らかしたそうですが(心配した別の友人がこっそり教えてくれた……)、わざわざ自分がそこにアクセスして書かれた文言を読んだところで、何か学びや益になるようなものは皆無だろうと判断したため、全く読んでいません。あとなんとなくwi-fiが汚れちゃうような気がしてさ……気のせいなんだろうけど……対象に全く相手にされないウェブスペースなんて、ただのサーバの負担じゃないっすか、とは思います。
時を同じくして、冒頭の彼女と食事したときに、彼女はこう漏らしました。
「私はさ、心琴ちゃんみたいに強くないから」
「え?」
「精神科に通ってるって正直に伝えたの。今の彼に」
「うん」
「無視された。聞かなかったことにされたよ。だからもう言わない」
「えっ!?」
「やっぱダメなことなんだよ、精神科になんて通ったら。失敗作の烙印みたいな。そんなもんだよ」
「えぇ~……? もしもそうなら、私はとんだ大失敗作だ! 通院どころかがっつり入院もしたし! やば~、超大作の予感!」
「心琴ちゃんは、なんでそんなにいつも笑ってるの?」
「えー、なんでだろう。もしかしたら、笑顔しかうまく身につかなかったからかもー!」
「……ふふっ」
「おや、やっと笑いよったな!」
「だって、ウケるもん、心琴ちゃん」
「おー笑え。笑えるうちに笑いたいだけ笑え! キールおかわりするから今夜はまだ帰さないぜー」
「心琴ちゃん、お酒弱いのにおかわりなんて……」
「キミと少しでも長く一緒にいられる大義名分がほしかったのだよ」
「正直かよ!」
この時、確かに一緒に笑いあったと、笑いあえたと、私は本気で思っていて、だからどこかで安心もしたし、それは一抹の不安の裏返しではあったけれど、こうして美味しいお酒を飲んで楽しいひとときを一緒に過ごせるこの子は、私にとって数こそ少ないもののかけがえのない友人の一人でした。
何も遺さないという選択
彼女は遺書やそれに類するものを、何も遺しませんでした。ゆえに最初こそ事件性を疑われて警察が介入しかけたそうですが、「彼女に精神障害があった」という理由で事件性はないとされ(マルセイというやつ)、「手際よく」荼毘にふされ、もろもろの処理が終わったそうです。私が彼女を次に見たのは、信じられないくらい小さな、真っ白い骨壷としてでした。骨壷は藍色の布にくるまれていて、それを母親が今にも折れそうなくらい細い指先でそっとほどいてくれました。
「ごめんね」
かすれた声で母親は私に頭を下げた。私は唇をかみ締めて首を横に振るばかりでした。夫はじっと骨壷を見ていました。お線香をあげてりんを鳴らしても、あの子がもうこの世にいないという実感はまったく湧きませんでした。
泣くのは、違うと思ったんです。だから、泣けなかった。今もそう。こんなことを記事としてつらつらとnoteに上げる、そうでもしないと心の大切な部分が壊れてしまいそうで怖い、そんな衝動に負けたせいで。身勝手なのは他の誰もそうだったし、私もまた同じなんだ。自分が、本当につまらない。
あの子はきっぱりとこの世を拒絶した。いわずもがな、私との時間も、一緒に飲んだお酒の味も、泣き笑いした日々も何もかもを。
その選択を咎めることなんてしたくないし、してはならないのだと痛感する。「何も遺さない」ことによって「遺された人たちの海馬に存在を刻み続けている」という意味では、彼女は本当の意味で賢かったのだと思う。つまり、
「『私を忘れないでね』とかさ、なんか野暮じゃない?」
というある種の真理を、「何も遺さない」ことで体現したのだ……というのはあくまで、私の勝手な推量だけれど。なにはともあれ、ひどいと思う。あんまりだと思う。私はあの子を許せない。この先もおそらく、しばらくは無理だ。
でも、それ以上に私は自分を許せない。免許や資格を盾に自分たちは「微力」さえ差し出すことなく、それでいて私たち精神障害者にはありったけの「微力」を発揮することを強制し、反抗や拒否をすれば彼らの納得のいくまで(時としてえげつない形で)アカウンタビリティを要求する、そんなビョーインやらオヤクショといった安全地帯からあれこれ好き勝手指図するような輩たちから、彼女を守れなかった己の微力さを、私はまだまっすぐ認めることができていない。このことが、底なしに悔しい。
せめて私を驚かせろ
今年は梅雨寒が続いている。今日も東京の空を灰色の曇天が支配している。私には何もわからない。あの子が拒絶したこの世界について、私は理解することがどうしてもできない。思考を試みれば、脳内に真っ黒な渦がわいて、その深奥からぎょろっとあの子の目が覗いてこちらをじっと睨むのだ。睨まれた私は、その視線を無視することでしか自分を守れない。陋劣という言葉さえ浮く体たらくである。
ちくしょう、と心底思う。
結局、私は今日も満員電車に揺られ、仕事をこなし、なんとなく帰途につく。時々あの子のことを忘れたつもりになって「花火大会だー!」とか「みんなでBBQ行こうぜ!」とか言って「夏のレジャー計画」についてはしゃげる自分に、もう誰でもいいから鉄槌を食らわせてほしい。
相変わらずどんよりとした空は、それだけで私を責めているのだとはわかっているよ。でもさ、そんな私の期待なんかに応えないでよ。空くらい、私に新鮮な驚きを教えてくれたっていいでしょ。ああ、もうそんな価値もないのかな、ないんだろうな。そっか。
今日も私は生きています。去った冬にあなたは死を選びました。季節だけは容赦なく流転します。それ以上でも以下でもなく、ただ、それだけのことなのです。
よくぞここまで辿りついてくれた。嬉しいです。