アラフィフ夫婦が老後資金の話し合いをしようとする際に障害となるもの
それは、お金、特に「現金」に対するお互いの見方の違いではないかと思います。
それについて痛感したことがありまして・・・・・・
先日、ふとしたきっかけで、私という人間は、いったい何をいただいたら一番喜ぶのかということを考えてみました。
働いてお金をいただくのは嬉しいことのはずなんですが、実は私は給料日が全く嬉しくありません。
お給料に塩対応です。
私の一番嬉しいもの、コレでした。↓↓↓
☆夫が職場でもらった差し入れのお菓子を、自分では食べずに持って帰って来たもの
<嬉しいポイント>
・夫の職場の様子が垣間見えること
(差し入れがあるほのぼのした雰囲気と推測できる)
・職場で嫁のことを思い出し、持って帰ってあげようと思ったこと
私はきっと、モノやお金に、感情やエネルギーをいっぱいくっつけて想像してしまうのでしょうね。
いただくものには、優しさや私への思いを込めていて欲しい。
お金はいらない、小さなお菓子でいい等と表面で言いながら、根っこはメンドクサイやつですねえ・・・・・・
ちなみに、かつて手に入れたもので飛び上がるほど嬉しかったものがあるのです。
それは、あの輝かしい(笑)バブル期。
超零細企業の当時の勤務先は、取引先等を招いてしょっちゅうホテルでパーティーを開催していたんですね。
(う~ん、バブルですね~)
社員の私たちもめいいっぱいのオシャレをして参加していました。
無料参加です。
(お客様の接待をした覚えもないので、仕事ではなく、本当にただ参加していたのだと思います)
あるパーティーで、それは立食形式だったと思うのですが、中央のテーブルには山盛りのごちそうが並んでいました。
18歳やそこらの私が一番嬉しかったのは、持ち手にひらひらしたカバーがついた骨付きフライドチキンでした。
別のお皿にはパイナップルやメロンが食べやすい大きさに切られて盛られていました。
特にパイナップルが嬉しかったですね。
私にとって、フライドチキンやパイナップル(メロンはもっと遠い存在だったみたいです)はごちそうの象徴でした。
あの時社長に「好きなだけ食べなさい」と言われた時の嬉しさは、今でも忘れられません。
この頃も、お給料をいただいても「スン」とした感じでしたね。
そして、すぐにすっからかんになっていました。
やはり「お金」は嬉しい対象ではなかったようです。
バブル期のお話が長くなってしまいました。
これらのことは、幼少期のことがとても関係していると思います。
私の実家は、小さい頃から父母がお金のことで喧嘩をすることが多かったのです。
とても苦痛でした。
また、楽しい雰囲気で食事をしたり、ごちそうを食べた経験が皆無でした。
一度、母が父以外の男性とデートをするところに連れて行かれたことがありました。
私は小学校低学年だったのですが、いきなり知らないおじさんが運転する車に乗せられて、隣の市の(たぶん)高級てんぷら屋に連れて行かれたんです。
どんな地獄ですか、これ。
さあ、お食べなさいと言われて、食べられます?
ねえ、食べられます?
帰りの車で気分が悪くなり、この悪夢はいつまで続くのだろうと思いました。
「この子、あまり食べないから」
「この子、不愛想だから」
「この子、難しい子なんよ」
と、母に好き放題言われました。
さて、仕事をし出してから、同僚とよく食事に行きました。
何でもないファミレスでお話と笑いが尽きず、何時間も語らいました。
食事も飲み物も何て美味しいんだろうと思いました。
しかし、20代になっても30代になっても飲食でお給料のほとんどを使ってしまうのは変わりませんでしたね。
さて、そして最初に戻ります。
何をもらうと一番嬉しいのか。
・出所がはっきりと分かるもの
・仲が良いこと
・愛情がこもっていること
・一緒に楽しさを共有してくれること
これらの象徴になるものをもらうととても嬉しいのです。
小さなテーブルブーケ
フリーマーケットで一緒に見つけた小さなアクセサリー
ちっちゃな焼き菓子
いっしょにスマホをのぞき込んで見るおもしろ画像や動画
などなど・・・・・・
仲良く、仲良く・・・・・・
夫は時々現金をくれますが、それってとても悲しい気持ちになるのです。
そうか、仲良さを解消されそうな気持になるのですね。
お金の話をしていると、私は次第に気分が悪く、不機嫌になって行き、すぐに言い争いになりそうな雰囲気になります。
(夫は、お金があろうがなかろうが、お金をいただこうが、いたってニュートラルです)
何がそんなに気に入らないのか、うまく夫に言えないのです。
なるべく現金に対する姿勢をニュートラルにして行きたいですね。
瞬時に「現金⇒不愉快」となる回路を緩めたいです。