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映画『ライオンキング・ムファサ』~人間くさいライオンたち

この冬は面白そうな映画が多くて、けっこう映画館へと通ったなあという気がする。『はたらく細胞』はね、あまり期待しないで観に行ったのだけれどなかなか良かった。ネット上でも、良かった良かったという感想が多いので、そうだよねそうだよね、とうなずきながら読んでいる。それに比べてですね、『ライオンキング』の感想の方はちょっと辛口のものが多い気がする。でも私はわりと楽しめたので、「ライオンキングも良かったよ」と言いたくてこうして筆を執っている。というか、キーボードをたたいている。

以下は思いきりネタバレを含みますので、「もうすでに観たよ」とか「まだ観てないけれどネタバレオッケー」という方に読んでもらえたらと思って書いています。

主人公のムファサは、どこの馬の骨とも分からない身寄りのない孤児ライオン。対するタカ(のちのスカー)は、立派な群れを率いる王様ライオンの息子。この二人の運命が描かれていくのですが、もうね、政界か企業のドラマかと思うくらい、二人の「実力」と「実力」のぶつかり合いが切なくて、ライオンの話とは思えないくらいドロドロと人間くさい物語でした。

孤児ライオンのムファサは、王様になるために生まれてきたとでも言いたくなるような、天性のすぐれた気質を持つライオン。そんなムファサはタカと一緒に兄弟として育てられるのですが、タカの父親は優秀なムファサに冷たくて、息子のタカばかりをかわいがります。タカは父親から「王様になるのはお前だ。タカよ、血筋を守れ」と期待をかけられて育つのですが、タカの母親が敵に襲われそうになった時に、敵の前に躍り出て母親を助けたのは、タカではなくムファサの方。タカが恋するメスライオンが危機に陥った時に、身を呈してメスライオンを助けたのも、タカではなくムファサの方。
 
タカもその場にはいたのですが、タカはいつも足がすくんで動けません。助けたいという気持ちはあるようなのですが、オロオロしている間にいつもムファサに先を越され、自分は何もできないまま。

ムファサとタカは兄弟同然に仲よく育った間柄なのですが、「何をしてもムファサの方が優れている」という状況が続くうちに、タカの心の中に、本人も自覚できないような「劣等感」や「嫉妬心」のようなものが少しずつくすぶり続けていたのでしょう。

失恋が引き金となり、無意識下にくすぶっていた感情がコントロールできなくなったタカは、その後ひどいやり方でムファサを裏切ることになるのですが、私が切ないなあと思ったのは、タカは生まれつきの悪人ではないということ。ちょっと弱虫なだけで、優秀なムファサが現れなければここまで性格がひねくれることもなかったんじゃないのか、と思わずにはいられません。

気の毒なのはタカだけではありません。ムファサだって「良い行い」を積み重ねてきただけなのに、逆にそのことが相手に憎まれる原因となるわけだから、これはこれで非常に切ない。兄弟同然に信じていたタカに裏切られて、タカの策略のせいで命を落としそうにさえなるムファサ。もしムファサが優秀でなければ、もしムファサが平凡なライオンに生まれついていたならば、これほどまでにタカに憎まれることもなかったのではないでしょうか。

前半の子どもライオン時代の時はとても仲がよかった二人。それだけに、「一体どうすれば二人は仲よしのままでいられたんだろうねえ」と悩ましい気持ちになってしまいます。その答えはいまだに見つかりませんが。

ところで、母親を助けることも、好きな女の子を助けることもできず、いざという時に何もできないタカでしたが、映画のクライマックスで、ムファサが敵の白ライオンに殺されそうになった時、タカは生まれて初めて、危険を冒してでも自分以外の誰かを助けようとします。そう、タカは裏切ったはずのムファサを、最後の最後で助けるのです。心のどこかに「兄弟の情」のようなものが残っていたのでしょう。気がついたら体が動き、ムファサを助けるために、敵の白ライオンに立ち向かうタカ。

その時にタカは、白ライオンに攻撃され目に傷を負います。ムファサを助けるために負った傷。生まれて初めて、命をかけて誰かを助けた時にできた傷。

映画のラストシーンで二人は向かい合います。ムファサは自分を裏切ったスカーを許しませんでした。「もうお前は兄弟ではない」怒りを押し殺しながら、冷たく言い放つムファサ。タカは「俺はこれからスカー(傷)と名乗って日陰で生きるよ」みたいなことを言って、ムファサの前からみじめに立ち去ります。「王家の血筋を守れ」という父親との約束を果たせないまま、表舞台から静かに消えていくスカー。

そんなスカーとは対照的に、ムファサの前には輝く王座の椅子が用意されていました。はじめは王様になることを拒んでいたムファサでしたが、不思議な力を持つ仙人みたいなお猿さんに、「どこの家の生まれかなどは関係ない。大切なのは、あなたが何者であるかということ。あなたこそが王様にふさわしい」と言われ、ムファサは自分の天命を悟ります。プライドロックという立派な岩を一歩ずつ登るムファサ。敬礼する動物たち。ムファサとタカの明暗が、いやというほどくっきり描かれたラストシーンでした。

一緒に観た息子は映画が終るやいなや、「スカーがかわいそう。ムファサを助けたのに」とポツリと一言。

映画は観なかったものの私からあらすじを聞いた夫も、「息子くんに同感だよ。スカーって、ほんっとに人間くさいやつだよ。足がすくんで動けなくなることって誰だってあるよ。ムファサばかりがかっこよくて、さぞかしみじめだったと思う。でも最後にムファサを助けたんだろ。いやあ、人間くさいやつだ」とえらくスカーびいきになってしまっていました。

確かにね、前作では何のいいところもない極悪人として描かれているスカーだったけれど、今作のスカーは良くも悪くも人間らしくて、主人公のムファサよりもずっと存在感があった。ほんと素晴らしい名脇役でした。

でもさ、しつこいようだけれど、何も悪いことしていないのに一方的に恨まれるムファサだって、だいぶ気の毒とは思うのだけれどね。

というわけで、非常に人間くさいドラマを見せてくれたライオンたちに、私は大きな拍手を送りたい気持ち。『はたらく細胞たち』の細胞たちも人間くさかったけれども、ライオンたちの人間くささはそれ以上に人間くさくて、対人関係の縮図を見るような思いでした。映像や音楽も素晴らしかったけれども、でもやはりなんといってもストーリーの切なさがたまらない。こうして書いている今もじわじわくるものがあります。というわけで、私の個人的な感想は『ライオンキングもなかなか良かったよ』なのです。




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