【歴史夜話#1】墨俣一夜城と竹中半兵衛
実在しなかった(?)城
「墨俣一夜城」は、豊臣秀吉が出世の階段を上がるきっかけとなった、有名な逸話だ。
木下藤吉郎だったころの上司である織田信長が、肉親との骨肉相食む争いを制して、やっと尾張(名古屋県、もとい愛知県)を掌握した時代。
愛知県知事に当選した信長は、国政選挙に打って出ようとする。そこでまずは隣接する美濃(岐阜)でも知名度を上げたいと戦を挑んだわけだが、苦戦を強いられていた。
美濃は義父にあたる斎藤道三が知事を務めていたが、蒙昧とされる孫の龍興の代となっており、制圧は楽勝かと思われた。
しかし案に相違して苦戦を強いられたため、我責めを避けて橋頭堡を築くことにする。
そこで戦略要地の墨俣に城を築いて、橋頭堡にしようと目論んだわけだが、敵前での築城は困難を極める。
織田家の重職たちが失敗するなか、新人の藤吉郎が見事一夜にして城を建てることに成功した、というエピソード。
そのかいあって、信長は美濃攻略を果たすわけだが、「信長公記」をはじめ、この城が活躍したという記載がないため、フィクションとされることもある。
墨俣は本当に要地だったのか?
その前に、そもそも墨俣が戦略上の要地であったのか? という疑問がある。
墨俣とは「洲の叉」、つまり中洲があって川が叉のように分岐する場所で、固有の地名ではないのかもしれない。
墨俣があった木曽川は、叛乱によって現在は流路を変えている。現在の境川ルートに木曽川があって、松倉に該当する場所に「洲」があったのだろう。
かつて源平時代には、墨俣川(現在の長良川)を挟んで戦いがあり、重要な節目となった。
しかし美濃制圧、特に堅城であった稲葉山城を陥とすのに、墨俣に城を築くことが要諦だったとは、とても思えないのだ。
軍師半兵衛
「武功夜話」には舌状の中洲に造られた墨俣城の見取り図など、わくわくする記載がある。「武功夜話」は秀吉幕僚の前野氏の家譜で、この時期の秀吉たちが活写されている。
重複する記載や、後年書き足されたと見られる、時代に合わない記述もあって資料価値はうすいが、何より生き生きしていて面白い。
秀吉の名参謀だった竹中半兵衛(重治)は、軍師とされるが実際の役職は小荷駄奉行という物流部長だった(軍師とは星占いをする人)。
彼はかつて舅に手勢を借り、クーデターを起こして美濃の稲葉山城を奪取している。
この話は伝説とされていた。しかし重門が発した高札もあり、一時期彼が美濃を掌握していたのは事実っぽい。
その後半兵衛は稲葉山城を明け渡し、フリーになったところを信長にヘッドハンティングされ、秀吉付きになる。
半兵衛は調略によって西美濃の勢力を寝返らせる一方、かつて内部から崩した難攻不落の稲葉山城を外から攻略した。
その要となる一手が墨俣城だった。
秀吉は後年「ヤツの手にかかったら、不可能な事などないと思えたよ」と半兵衛を評している。
木材は現代の石油
木曽川上流にある森林資源は、木曽五木と呼ばれるヒノキなどに代表される豊富な木材だ。
当時の木材は、木炭にして暖ををとるのに使ったり、建築資材としたりして、現在の石油に相当する貴重な資源だった。
その運搬方法として、昭和初期まで「木曽の筏流し」が行われた。切り出した木材で筏を組んで、下流に搬送していたのだ。
秀吉らが採用した築城工法は、ブロック工法、プレハブ工法と言うべきもので、上流で切り出し加工した木材を筏に組んで搬送し、流れの勢いが弱まる中洲で揚陸して組み上げるものだ。
墨俣はその揚陸基地として重要なポイントだった。
信長、秀吉は、攻城戦において、敵の城を包囲するように「付城」を築いて攻略する戦法を得意にしていた。
そのためには木材の調達が重要になる。
半兵衛らは、墨俣で上流から流された木材で柱をうがち、横木を渡して馬防柵を作った。それにより敵を足止めして銃撃や印地打ち(石の投擲)で防御を固めたのち、短時間のうちに川中に砦を築いた。
この砦から揚陸される木材が、付城を築く資材となった。
秀吉は後年、大阪城はもとより聚楽第、淀城、方光寺大仏殿、伏見城の建設などに木曽の木材を多量に伐出している。
日本の武将は兵站感覚が鈍く、糧食などは現地調達の略奪方式だった。
そのなかにあって、信長、秀吉は物流の重要性を理解し、インフラ整備に努めている。
秀吉は竹中半兵衛という有能な物流部長を起用することで、美濃攻略に大きな貢献を果たした。
後年、黒田勘兵衛が有岡城に幽閉され、裏切ったと誤解した信長によって人質だった子息、松寿丸殺害を命じられる。
しかし骨のある部長だった半兵衛は、社長命令に逆らって松寿丸を匿い、その命を救った。
こうした劇的な業務の引き継ぎによって、次の名参謀である黒田勘兵衛が誕生するのだが、それはまた別の話。
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