母との繋がりだった本の存在
私が本の虫だった頃の話をしたい。
始まりは小学校4年頃。私の学校には朝読書という習慣があり、朝の会の前に10分間の自由読書タイムがあった。教科書をパラパラと捲っているだけの子や流行りの心理テストや怖い話の本を持参する子などが多く、私もはじめはそうだった。
しかしある日から教科書を読むことが禁止になり、その日は持参するのも忘れたため仕方なく教室の隅に何冊か置かれている図書室の本をその場しのぎに手に取った。これがきっかけだった。
朝読書は深刻な本離れにより活字に触れる機会が減った私たちへの作戦だったのだろうと、今思うとまんまとハマった気がして悔しいが、そこから私は卒業アルバムに将来の夢は作家だと書いてしまうほど本の世界にのめりこんでしまったのだ。
初めに読んだのが「赤川次郎」。笑えるほど王道で申し訳ないが、この方ほど「これから一冊読むぞ、、」と身構える暇もなくさらりと読めてしまう、最高に面白いミステリーを書く人はいないだろう。マイナーな話になるが杉原爽香のシリーズが大好きだった。巻数を重ねるごとに年を取っていき、第一作は15歳だった爽香はなんと今や51歳。私は足繁く図書室に通う文学少女になり、一年で爽香の30年分は読んだ。面白かった。
次々に西加奈子、辻村深月、伊坂幸太郎と全作制覇の作家さんが増えていき、室井滋やさくらももこのエッセイ本も大好きだった。ジャンルがバラバラだがこれらの作家を好きになったのは母の影響だ。
母は小説が好きで、空いている時間があれば常に読んでいた。母とはあまり仲がいいとは言えなかったが、私が本を好きになるとおすすめの本や作家を勧めてきたり感想を言い合ったりと姉には分からない話で盛り上がれるのが嬉しかった。
読書感想文で入賞した時なんかはたかが入賞なのにたくさん自慢してくれた。母に褒められた経験など無いに等しかった私は飛び上がる程嬉しかった。嬉しすぎてそもそも夏休みの自由課題で読書感想文を提出する子自体数人しかいないとは言えなかった。笑
とはいえ本に関してであればどの同級生よりも知識を持っているとかなりの自信をもっていたし、文章の力を信じていた。理不尽ないじめ疑惑に相手の親が出てきて先生が私に謝らせようとしてきた時、400字詰めの原稿用紙に順序立てて事の経緯を書き、私達を謝らせることがいかに大人の事情によるエゴでありまだ幼い私達のこの先の人生に影響するかを丁寧に書いて渡したくらいだ。今思うと気持ち悪い小学生だが、小学生の直接の発言なんて聞いてもらえないだろうと思った当時、一生懸命考えた末の最善の方法だったのだ。その作文のおかげか理不尽に謝ることも無かったのでそれは良しとしよう。
話が逸れたがその頃の読書は少なくとも今の私を形成していると思う。あの頃の私、ありがとう!文章を書くことも好きになって今こうして書いているのだから。今や本をめっきり読まなくなっても母とは仲良くやれている。時々、杉原爽香の歳を確認し合いながら。