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【短編小説】コスパ、タイパ、タコパ
現代社会において「効率」が全てだ。
会社で働いている時も常にコストパフォーマンスが求められている。
仕事だけではない。
今の世の中、私生活にも効率を取り入れなければ豊かな人生を送ることはできないのだ。
だから俺の部屋は必要最低限の物しかない。
「ミニマリスト」と言うと格好つけているようで気が引けるが……俺の生き方は世間的には「ミニマリスト」だった。
椅子と机、電子レンジに冷蔵庫、洗濯機。
テレビやゲーム、本も時間の無駄だから捨てた。
スマホを持っているがゲーム、サブスク動画配信サービス、SNSなどのアプリは入れていない。
あれらは人生という数少ない時間をあっという間に無駄にする恐ろしい代物だ。膨大な時間を消費しながら得られるものは何もない。
感動?学び?生きる勇気?……そんな一時的ものより現実問題、増税と不況を生き抜くための金をくれ。
一日は24時間、1,440分、86,400秒……。ひとつにことに費やすなんてとんでもない。
俺にはやらなければならないことがいくつもある。それなのに人生という時間は短い。
だからなんとしても効率よく生きなければならないのだ。
通話と最低限のメッセージのやりとりと適度なインターネット通信ができる格安の契約だ。
洋服も3~4着程度で仕事用のスーツも2着のみ。クロゼットに春夏秋冬の服が全部収まっている。
広々とした部屋は入居時から変わらない美しさだった。
恐らく原状回復の費用はあまりかからないだろうと思う。
穏やかな日曜日の朝。
俺は伸びをすると冷蔵庫から液状の食事を取り出した。
毎日の食事は液状の完全栄養食とプロテインで済ませる。
冷蔵庫も小さくて済むし、何より食費がかからない。調理時間や洗い物や買い物という手間が省ける。
『食事』がいちばんタイムパフォーマンスを落とす行為だと思う。
毎回何を食べるか考え、準備し、調理し、食べ、片付ける……。
しかもそれを一日のうちに三回も繰り返すのだ。
食事という行為だけでどれだけ時間を消費することか。最近では食べることすら嫌になってきた。
おっと。今日は日曜日。
暗いことを考えている時間ほど無駄なことはない。これからジムにでもいくか。近くの公園でランニングでもしようか……。その後あの店に行って……。
色々と今日の予定を頭の中で組んでいる時だった。
インターホンが鳴った。
それも何度も。
俺はすぐにあいつが来たのだと分かった。
これ以上、あいつを放置しておくと近所迷惑なので渋々応答する。
「はあ~久しぶりだな~この何もない感じ」
「お前な……急に家に来るなよ!」
まるで自分の家のように椅子に座ったのは山田元気という大学時代の腐れ縁だ。
学生の頃からこうやって突撃お宅訪問される。
どこぞの家電量販店のような名前で覚えやすい。というか一度会った人は忘れない人間でもある。
俺よりも背が低く、ぜい肉がほどよくついていて、決してイケメンという部類ではないが天性のコミュ力……馴れ馴れしさは自然と周りに人を引き寄せた。
飲み会には必ず呼ばれるし、どこのグループにもいて大学生の時はものすごく驚いた。顔の広い奴はどこの世界にでもひとりはいるが……こいつのすごいところは人望があるところだ。
大体顔の広い奴っていうのは適当で中身のない、いい加減な奴が多いが元気はそうじゃない。だからと言って馬鹿真面目ってわけでもなく……つかみどころのない男なのだ。
社会人になった今もフリーランスでのらりくらりと生活しているらしい。
「どっこいしょっと~」
「おい。なんだその大量の荷物。勝手に置くなよ」
元気はおやじくさい掛け声とともに両手いっぱいに持っていたビニール袋を机に乗せた。
綺麗な部屋にいきなり無数の物を乱雑に置かれて俺は思わず顔をしかめた。
「何って……たこ焼き器だよ」
「は?たこ焼き器?」
意味が分からない。
何故たこ焼き器をうちに?
「タコパするから。最近流行ってるだろ?タコパって」
元気の自信満々な声を聞いて俺は呆れながら突っ込んだ。
「いや、それってタイパとコスパの間違えじゃね?」
「タイパ」と「コスパ」というワードは普段ひっきりなしに聞くが「タコパ」はない。
なんとなく語感が似ているから聞き間違ってもおかしくない。
聞き間違ったところでここまで準備する奴の方がおかしい。
数秒、元気は天井を仰ぎ見た。
「あ~……。まあ、似たようなもんじゃん。タイパもコスパもタコパも。腹も減ったし、さっさと作ろ」
「どこがだよ?」
お構いなしで元気は箱から新品のたこ焼き器を取り出す。
机の上に油、粉とソース、鰹節、青のり、たこ焼き用に細かく切られたタコ、ネギ、紅ショウガのパックを並べた。
「フツーたこ焼き食いたいなってなったら配達で頼むだろ?いちいち作るなんて……無駄すぎる」
「お前、頭いいのに全然分かってないな~。作る過程を含めてタコパは初めて完成するんだ」
元気は両手を広げてまるで崇高な教えを説くかのように言った。
心なしか天井から光が差し込んで見え……ない。
「知るかそんなの!」
俺に突っ込まれながらも元気は黙々とたこ焼きを作る準備を進める。
「というかお前、たこ焼き作ったことあんのかよ」
元気の手が止まった。
俺のことを真剣な眼差しで見つめた後ではっきりと答えた。
「ない!タコパはしたことあるけど作ったことはない!」
俺は膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか耐えた。
さっきのタコパの創始者みたいな振る舞いは一体なんだったのか。
「ま。なんとかなるでしょ~」
「そう言ってなんとかするのは俺なんだが……」
家に調理機器が悉くないからプロテインシェイカーを生地を作るのに代用する。
元気はたこ焼き器のスイッチを入れ、温まったところで油を広げていた。
どうして俺はタコパなんてしているのか……。
後悔しても遅い。とっととたこ焼きを完成させて元気を帰らせよう。
俺は己を奮い立たせるとたこ焼き器に向かい合った。
生地を広げるとジュウウウウッと俺の部屋で聞くことのない音が響いた。
「お~いい音!既にうまそう!」
「まだ何もできてねえから」
呑気そうな元気を横目に睨む。
俺はタコ、紅ショウガ、ネギを投入する。
更に香ばしい香りが部屋に広がった。
また隣から元気の歓声が上がる。
頃合いを見て付属の竹串で少しずつ生地を動かした。
均等に熱を加えるのがたこ焼きの難しいところで……本当に面倒だ。
食べ物を調理して食べるというタイパもコスパも悪い、嫌悪する行為だったはずなのに今は不思議と楽しい。
「すげ~!やっぱ匠はなんでもできるんだな~。名前にもう書いてあるもんなたくみって」
「お前はなんもしてないけどな」
冷たい眼差しを向ける俺のことなど気にせず、焼きあがったたこ焼きを前に元気が満足そうに頷く。
「食べよう食べよう!」
元気はたこ焼き器の電源を切るとそのままたこ焼きに味付けをし始めた。
俺の家には皿がないからたこ焼き器のまま食べるのに反対はしない。
黙って元気が仕上げをするのを見守った。
ゆらゆらと鰹節が揺れ、青のりが茶色の生地の上に彩り、ソースがきらっと光る。
きれいだと思った。
久しぶりに調理した食べ物を見たせいで変な感情が湧き上がってくる。
俺の感傷など露知らず。元気はひとつの球体をすくいあげると大口を開けて頬り込んだ。
「あっつ!うっま!」
「お前、たこ焼き食ったことない奴かよ。できたてを一口で食うなし」
元気はのたうち回りながらもたこ焼きを咀嚼し、飲み込んだ後で言った。
「たこ焼きは一口で食うもんなの!ほら、匠も早く食え!」
無茶苦茶な主張に呆れつつも一口で食べなければならない状態だから仕方ない。俺は渋々手渡された竹串でたこ焼きをひとつ、口の中に頬り込む。
「あっつ!」
のたうち回りながら懐かしい気持ちになった。
食べ物ってこんなに温かいのか……。このたこ焼きは熱すぎるが。
色んな味がして……色んな舌触りがする。
生地はカリカリ、ソースののっぺり感、タコは弾力があって海臭い、ネギはシャキシャキ、紅ショウガのシャリシャリ、鰹節は口の上に張り付くようなふわふわ感……。
子供の頃お祭りの屋台で、大学生の頃サークル仲間と食べたのを思い出した。
不思議だ。たこ焼きを食べたことで「楽しかった」という感情まで思い出して心がポカポカする。
今まで失いかけていた五感が戻ってきたような、新鮮な感動が俺の脳を支配した。
「な?うまいだろ?」
元気の笑顔に俺もつられて笑った。
「うまいけど、作ったの俺だから」
感動したのも一瞬のことで。
片付けを終えるなり、元気は「やべっ!仕事が入った!」とか言ってたこ焼き器を置いて帰ってしまった。しかも残った材料もろとも!
洗い終わったたこ焼き器を眺めて俺はため息を吐いてふと、思った。
コスパ、タイパだけじゃない。タコパも現代社会に必要……なのかもしれない。
「明日から……ちゃんと食べるか」