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【SF短編小説】花時計 第五話 シオン
鉛色の空の下。研究室帰りのグレイは呆然とした。
花壇が見知らぬ大人達によって掘り起こされていたのだ。花たちは踏みつぶされ、土は掘り起こされ、花壇は見るも無残な姿になっていた。
グレイは居てもたってもいられなくて大人達に怒鳴り散らす。
「何してるんだよ!」
大人たちは少し驚きながらもグレイの問いに淡々と答えた。
「ここの所有者が亡くなったのでね。取り壊してるんだよ。ほら、汚れるから離れなさい」
「今時土で、細胞調整も行わずに植物を育てるなんて。手間以外の何ものでもない」
「そもそもこんな所に花壇なんてあったんだな」
「所有者、自らが細胞調整を行ってなかったそうじゃないか。老衰なんていつの時代の話だろうな」
大人達の言葉にグレイの怒りは頂点に達した。
鞄を投げつけ、腹の底から叫ぶ。
「早くそこから出ていけ!今から僕がここを買い取る!僕は……グレイだ!」
「グレイ?グレイってあの細胞の若返り研究の第一人者か?」
花壇を破壊していた大人達はグレイの正体に気が付くと静かにその場を離れて言った。
降りしきる雨の中、グレイは一人。花を元通りに戻す。
手が土まみれになるのも、雨で全身が濡れるのも構わずに。
雨のお陰で自分の目から溢れるものを誤魔化すことができた。土と花の香りがグレイの心を落ち着かせる。
(そうか……。ローズはローズの時間を生きてたんだ。だから世界の時間の可笑しさに気が付いた……)
グレイはひしゃげた茎の花を手に天を仰いだ。
(時間は生きてきた年数じゃない、数値じゃない。存在する物質でもない……。
今僕が生きているということ。ただそれだけを指し示すもの!)
花壇の時計の針がひとりでに動き始めた。
柔らかな小雨にうたれながらグレイは微笑んだ。
晴れ晴れとした街並みの中。石畳でできた美しい道を少女が若い母親に手を引かれて歩く。
街を歩いていると少女は美しい花時計の前で足を止めた。
「きれい……」
そう言って手を伸ばす。
儚げなうす紫色の中央に黄色い花弁の見える美しい花が一面に咲き誇っている。時計の針がゆっくりと時を刻んでいた。
「こんな花壇あったかしら?まあ数百年も生きてれば忘れるわね……。貴方まだ十年と少ししか生きてないからそんな風に感動できるのよ。周りの変わらない風景何て一々気にも留めないし。それどころか関心すら持たなくなるわよ」
ため息交じりに話す母親を前に少女は花時計に魅入った。
「そういえば。若返り細胞の研究者が亡くなったんですってね。いつだったかしら……。思い出せないけど、可笑しな話よね。ある日を境に自分の細胞調整を辞めちゃったんですって」
「その人、ずっと長寿研究のために長生きしてきたんでしょう?だったらもう嫌になっちゃったのかも」
少女が花時計を見下ろしながら、悲しそうに呟いた。
「今私達が長生きできてるのはその人のお陰ね。感謝しなくちゃ。さあ、そうと決まったら時間を無駄にしない!行くわよ」
「お母さん、待ってよ!」
少女は慌てて母親の後を追いかけて走る。
その姿を見ていたかのように、花時計の長針と短針がカチッと動いた。
了
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