『源氏物語の色辞典』古典を"見る"【読書】
今回の読書 『源氏物語の色辞典』 著・吉岡幸雄
古今東西、源氏物語は様々な観点から分析され、読み下され、愛されてきた作品です。歴史との比較、著者紫式部の人間性、作中の女性とその身分や性格など、注目されるべき魅力的な要素は枚挙にいとまがありません。その中でもこの本では「色」、特に作中の着物の色に注目しています。
作者は本文中で、『源氏物語は紫の物語』と述べています。その通り作中では紫の上をはじめとする、紫にゆかりのある名の女性が多数登場しますし、紫は当時高貴な色とされ、また登場人物も位の高い方が多かったため、服飾にも多くの紫が登場しています。
源氏物語の時代、着物は染め物でした。本文中に映し出された色は、源氏物語の作中を彩ったと思われる当時の染色料や布の質を、作中の言葉や後世の解説を基に染められたものです。それらがあらすじと該当本文、その色の持つ意味(時代背景や舞台、着ている人の身分や状況)、染め物や重ねの作法とともに語られ、実際にその場面がありありと想像できます。植物染の第一人者である染師の筆者だからこそ手で染め出したその色の解説が詳しく、真に迫ります。
🕊🕊読書感想文と思索🕊🕊
源氏物語と紫の関係が深いことは、正ヒロインともいえる紫の上、筆者紫式部の名前から予測はつきます(紫式部の名前が紫の上からきている、と言われているので、物語に直接かかわっているのは紫の上だけですが)。しかし、本文中で指摘されている通り、藤壺の「藤」や桐壺の「桐」の花が紫だということは、お恥ずかしながら思い至りませんでした。花を思い浮かべるとぼんやりと紫色がよぎるのですが、紫から逆算して藤や桐は出てきませんでした。そう思うと、源氏物語は主人公の身分も相まってとことん贅沢に紫がちりばめられた、視覚的に豪華で高貴な物語であったことに気づかされるのです。
私が息をのんだのは、『氷の襲』のページでした。これは明石の君が着ていたとされる『白き衣』の正体を時代的に筆者が想像したものです。これはもうぜひとも手に取ってごらんになっていただきたいのですが、織り方など様々な趣向を凝らした真っ白な布の折り重なる姿が、何とも言えずなまめかしいのです。これはただ本文を読んでいたら想像がつかなかったな、と思います。この真っ白な衣を冬に着る明石の君のセンスの良さが光る、と解説に在りましたが、同じ解説でもこの図を想像できるかできないかで、彼女への評価は一変するでしょう。紫式部の語り口もあってそのシーンではくらくらしてしまいました。
物語を読むときには、想像力が私たちを作中世界にいざなってくれます。想像力は、多くの場合知識によってより細かい世界を描き出してくれると私は思っています。だからこそ、全く時代背景がつかめなかったり想像するときに支障の出やすい古典では、個人的には知識量が面白さを作ってくれるのではないかな、と考えています。五感をフルに活用してこの面白い世界の面白いところを、筆者や作者の感じる、何とも言えない「あはれ」を感じたい。そう思ってこのような本に手を伸ばすのですが、知識はただ知識ではなくそれそのものに面白さがあるのだなぁとつくづく感じています。同じ『二藍』でも年代、年齢で違うといった細やかな知識でも、物語と染色二つの観点で楽しめます。面白い、が面知ろい、にかわるこの瞬間がたまらなく好きです。
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