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退職読書日記 ♯18 稗史を愛す 2024.5.20
5月20日 (月)
一週間が始まる。5時過ぎ起床。雨。今週から朝活再開。
平日の忙しい朝でも思考停止で動けるように週末のうちに朝ルーティンを紙に書き出しておいた。
そのとおりにきっかり進むかというとそんなうまくはいかないが
水回りの掃除→洗顔とスキンケア→白湯飲んで→お猫様お世話→三分瞑想→ピラティス&ストレッチ→日記書いて→今日のタスク整理→仕事とPC作業少し
という流れをこなす。
6:40子供を起こす。
雨の月曜日、子供だって初速遅し。気持ちはわかる。
朝食はパンであることがほとんどで、それは悪いというほどではないとは思うけど、自分の体調のことや子供の栄養の面からうっすらよくないものを感じていた。
週に何回かは和食朝ごはんにしたいとずっと思いながら、どうも手軽さからパン優勢になっている現状をちょっと変えたかった。
ということで、この日は
・納豆たまごをかけた玄米ご飯
・とろろとお麩の味噌汁
という素朴メニューに。玄米はとびきりの健康志向だからではなく、冷凍ごはんストックが切れていたので、備蓄にしていたパックご飯を使っただけ。味噌汁は味噌を溶いただけの簡易味噌汁である。
果物切らしてビタミン系足りないけど、こんな朝ごはんもいいものだ。
子どももぱくぱく食べた。
ちなみに玉子かけご飯にはAKOMEYAの「卵かけごはんのたれ」という専用出汁醤油をちょろり。これがめっぽううまい。飲める。
家事をしつつ子どもの登校支度をわっせわっせと手伝って7:50手を振って見送り。またVoicy聴きながら家事してちょっとPC作業してからカッパ着てチャリ安全運転して仕事へ。
最近はこれは明らかにパワハラというやつだろう、という状況で胃腸にきてる。仕事中も心臓がバクバクして、手も震える。全然集中できないけど、やらねばならないことはなんとか片付ける。
昼ご飯はローソンの小さなおにぎり弁当。
コンビニのお弁当は好きじゃなくてほとんど食べないが、最近推してるYouTuber「第四ポンプ」さんが動画内で食べていたおにぎり弁当、これはマネして食べているのだ。今日で2回目。
食べながら「東京ディストピア日記」の続きを読む。
あと少しなんだけどなかなか終わらない。
忘れかけていたことを調べながら、考えながら、思い出しながら読むので、特に最後のほうはじりじりと進む。
午後の仕事も何度も手を震わせながら、やる。
用事があるので早く上がる。16時半。
雨が上がっている。急いでコンビニでレターパックを購入して、神社にお参りしてから役所へ。
レターパックは前職同僚への贈り物のため、神社は行きつけ?というか通り道にあるので心がざわついたときに寄らせてもらう。役所は最近バタバタしている田舎の相続関係手続に必要で行った。
待ち時間で友人にLINE。お仕事が大変そうで、胸が痛い。ささやかに励ます。
役所のあとは最近できたをパトロールした。野菜と肉、試してみたいお惣菜などを買う。ふんふん、にぎわっているな。
スーパーの前後も道の端っこに寄って友人へのLINEをする。帰宅すると自分の時間はないので、こうやってよく道端でスマホをいじっている。
18:00過ぎに帰宅。今日は夫が休みだったので学童のお迎えに行ってもらっている。家に入ると夫と娘が風呂に入っていてきゃっきゃと声がする。
私は高速で夕飯づくり。
米を炊く。ゴーヤの塩昆布ナムル、具沢山のほぼ煮物みそ汁、レタスとミニトマトとブロッコリースプラウトのサラダ。あとは買ってきた餃子2種。
夫と子供が風呂から出たので、子供の宿題を側で見ながら「東京ディストピア日記」を読む。漢字ドリルを見て、書き順チェックして、東京ディストピア日記。ひっ算見て、答えチェックして、東京ディストピア日記。音読聞いて、計算カードのタイム計って、東京ディストピア日記。
ちゃんと私を見ろと子供が不貞腐れた。
その後ひとりでお風呂。久しぶりの一人風呂だ。しかし湯は子どもが遊んで入った泡風呂のあわあわが消えてただぬめっているだけのぬるい液体になっていた。これは萎え、とエプソムソルトをちょい足しした。湯船でも東京ディストピア日記。いつ終わるのか。
著者の桜庭一樹さんはいう
いまの、不安で寄る辺ない、この一日一日こそ、かけがえのない稗史なのだと思う。
コロナ禍ではものすごくいろいろあったはずなのに。
自分のイヤなところをたくさん見てしまったし
見てしまったからこそ、その後の生活で私は知性を身に付けたいと痛切に思ったんだった。
忘れるな、忘れるな、と思う。戒める。
私が日記文学を愛するのは、そこに稗史があるからだ。
正史の反対、稗史。私の生きる稗史。
考えてぬるぬるする湯船でも読んで、ドライヤーしながら読んで
餃子を食べながらちょっと読んで、ついに終わった。
ラストがすごくすごくよかった。
わたしたし、一人、一人、いつだって、胸を張り、昨日より強く、優しくなろうとしながら、よりおおきな想像力を持たんとし、今日も、明日も、そのつぎの日も、みんなして、そう、こうやって、いさましく歩くのだ。
そうだ、そうだ、優しく強く、想像力と知性を持った人間になりたいんだ、なろうとするんだ、と思って読み終えた。
夕飯の片付けをして、子供におやすみと言い、炊いたご飯を冷凍し、さあ寝ようと思った。思ったけどなんだか落ち着かない。
今、私はなんかこう、人の語るものを、人生と生活がじゅわーっと染みた文章を読みたい。食べ物を探す野生動物のようにうろうろして、本棚から読みかけだった西加奈子さんの「くもをさがす」を取り、リビングのフローリングにペタンと座って読み始めた。
寝る前に、少しだけ、少しだけ。もう一度はじめから読み直す。ぐんぐん読んでしまう。
フローリングで尻が冷えた。
まだまだ読みたかったけど、私は私の明日を生き延びねばならん。そう思って子供の寝息の横に滑り込んだ。