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女の子、の結像点はどこなのか:『21世紀の女の子』

http://21st-century-girl.com/

オムニバスという作品形態においては不可避な、短編毎の出来/不出来のレンジは無視できはしなかったですし、そういった粒同士の並べかた次第で鑑賞後の評価が結構変わるのではないかと思います。かといって、その評価を大きく変えるほどに並べかたの大筋に現実的な組み合わせ数が存在するかというと、山戸結希『離ればなれの花々へ / For Lonesome Blossoms』が短編の最後に置かれることは間違いないでしょう。それは山戸がプロデューサーである以上に、あまりに異質かつあまりに総括的な、ぶっ飛んだ短編を置く場所がそこでしかありえないというのがあります。

自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間

という縛りにおいて、少なくない数の監督が類似のシチュエーションである、カメラマンおよびその被写体となる女の子、という状況を設定していました(安川有果『ミューズ』、竹内里紗『Mirror』、金子由里奈『projection』)。創作に携わる人間において意外と(?)「ゆらぐ」瞬間が限定されているのかもしれないという空気感は、彼女たち自身が未だ固定されたジェンダー観のようなものから出たことが無いのか、あるいは意識したことすらあまりないのか、それらの傍証になっている気もする。それ以上に、フィルムへ収めている対象が卑近な物事であるという点に関しては、山戸以外のすべての監督に共通といっていいと思います。スクリーンに映る創作に「女性の手(=女性監督)によるもの」が少ないという現状に対するひとつの提起として制作されたであろう本オムニバスにおいて、挙がってきた短編たちのどこか画一な感じは想定されていたものなのか、そしてそれは失敗なのだろうか。そういった否定的な選択肢を鑑賞後にはそれほど想起しえないのは、やはりというか何というか絶対、山戸の『離ればなれの…』の存在によるところが大きいんです。それまでの、各監督にとっての現在もしくは過去を切り取ったかのような作品(群)に対して、いきなり未来それも無限遠のようなところに結像するような濃密な会話劇を以って、これから生まれてくる女の子と、彼女たちの母になる女の子、というテーマを捩じ込んでくる山戸の手法自体が、仕上がりはこのようなカテゴリの集合になることをある程度予見していたという風にも見えるのでした。ある意味ずるいんですよね。自ら制定したレギュレーションを最も理解することのできる、プロデューサーならではの特権というか。

かといって全部山戸みたいな感じだとそれはそれで大変なことになるからな。

そういうわけで女の子たちのこれから、そしてそこから更に連綿と紡がれるであろう新たな女の子たちの生への福音が込められた短編集という意味が終盤に湧き上がる点が、不思議と悪くない鑑賞後の感覚につながりました。その感覚は本作でエンディングテーマを(合作)担当している

子供産んだら女は母親って生き物になるとでも思ってんの?

と歌ったこともある大森靖子の感覚とリンクします。玉川桜『エンドロールアニメーション』に被さるようにして流れる『LOW hAPPYENDROLL --少女のままで死ぬ-- feat. 平賀さち枝』の副題およびサビに現れる「少女のままで死ぬ」という言葉にもその感覚は現れている。この曲がまた凄くて、sugarbeans の編曲によるところもかなり大きいと思うんですけど映画館で聴くと次々と積層されていく音のレイヤーが大サビで爆ぜるところで本当にエモの塊になってどわっと圧し潰されそうになります。おそらく今まで聴いたどんな映画音楽よりも良い体験だ。それに乗っかる玉川のアニメーション。初回はスタッフロールも観ながらだったからそんなにだったけど、2 回目は『LOW hAPPYENDROLL』の音圧に委ねてアニメーションだけ鑑賞してたら泣きそうになった。映画体験って良いよね、って心の底から思える素敵な手触りの小品です。そう、半年くらい前まではむしろ意図的に避けていたような大森靖子の意識感覚が最近はこれでもかというくらい入ってくるようになってて、おそらくそれもあるんだな。

何の話だっけ。そう、各論を少しだけすると、映像とテーマの輻輳もあって良かったのは東佳苗『out of fashion』。久しぶりに会った魅力的だった先輩が説教くさいつまんない人になってたときに背後で落ちるお菓子の、ぽろぽろ。あと文化服装学院、ツノグラム。会話劇としては首藤凜『I wanna be your cat』、ふくだももこ『セフレとセックスレス』。一部の作品では女の子に性的に消費される存在としてしか描かれない男(これはこれでどうなんだ)が、この 2 作だと良い感じに短編の中で生きています(武谷公雄演じる前者の映画監督の、エクスキューズにおけるクソ男ぶりとかかなり、、、)。枝優花『恋愛乾燥剤』は再鑑賞時にオチがストンと入って、「セクシャリティあるいはジェンダーがゆらぐ瞬間」をそこで一気に表出させるトリックは、ある側面では真摯な作りなんじゃないかと思いました。松本花奈『愛はどこにも消えない』、橋本愛の用法・用量を守って正しく使った映像という感じで良かった。「演技の幅」という観点では橋本愛はそんなに何かを持っているような感じはしないんだけど、でも最近はむしろ演技ってそういうものだと思っているので、そういう意味では最強だよね、橋本愛。

やーでも山戸と玉川のラスト 2 連続が圧巻なんです。配信に落ちてきたらまた観てみたい。出来/不出来の範疇には収まらない、こういう「引っかかり」を大事にしたいね。

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