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そこにただ居るというまなざし

最近読み返した本。
精神科医の星野概念といとうせいこうの共著2作「ラブという薬」「自由というサプリ」と星野概念の単著「ないようである、かもしれない」。
この3作品は大学生の時に出会って、気持ちの浮き沈みが激しかった自分、福祉の勉強をしていた自分にとって大きな影響を受けたバイブルと言える。当時と今とで違う状況・視点で読んでハッとすることや思い出したことがあったので、言葉にして残しておきたいと思う。

「ラブという薬」は主治医とカウンセリングを受けている患者という関係性(バンドメンバーという関係性でもある)のふたりの対談形式で、精神科ではどんなことをするのか、映画や小説やお笑いのことまで色々な話が混ざりながら進んでいく。「自由というサプリ」では、”答えが出ない(かもしれない)お悩み相談”というていで読者から募ったお悩みについてふたりで話していく。色んな切り口から突っ込んでいくいとうさんの姿勢と知識はさすがだし、穏やかな語り口の中に鋭さがある星野さんの発言に痺れる。

本の中でふたりが繰り返し話していることは
「曖昧なままを大切にする。結論を急がない。でも思考は止めない。」ということ。
言葉のスピードが遅い(話すのも書くのも)ことをコンプレックスに思っていた自分にとっては衝撃で、今日今までずっと指針にしている。
ただ、曖昧でいようとすることが冷笑となる可能性があったり、曖昧でいる間迫害され続けている人がいる場合があるという視点も忘れてはいけない。その上で、考え続けることをやめないということが大切だと改めて思う。

星野:人のことって、よくわからないじゃないですか。その人にどんな事情があって、どんな風にものを考えているのかってわかりきることがないと僕は思ってるんです。でも「わかろうとすることをやめない」というか、わかりきることがないとしても「放っておかない」っていうのが人に対する優しさだと思ったんですね。

いとうせいこう、星野概念『自由というサプリ』

私は知的障害者の入所施設で働いている。
自身や他者を傷つけてしまう人、大声を出す人など色々な人がいる。それらの行動にはすべて理由があって、その人たちなりの表現方法でもある。私たちは、別の適切な方法で表現ができるように支援していくのだけれど、利用者さんが伝えたいことを明確に分かりきることは難しい。
利用者さんに髪を掴まれた影響で首を痛めたことがあった。でもその利用者さんも、伝えたいことがうまく伝えられない苦しみを抱え続けているんだと思えた時に、「わかろうとすることをやめない」は私の中で初めて体現されたような気がする。

この前実習生の方と話していて、自分がなぜ福祉を学ぼうと思ったのか、なぜ福祉の仕事に就こうと思ったのかを思い出す機会があった。
高校の通学時、電車の中でよく知的障害者の方と乗り合わせることがあった。いつも何かぶつぶつ独語を話している。瞬時に車内に漂う緊張感と、別の車両に避けていく乗客の人。誰が悪いでもなく、これって何だろうと思った。
大学の時実習で知的障害者の方と関わる機会があった時、こんなことを書くのははばかられるけど、率直に「私と同じだ。人だ」と思った。
何かに秀でていたり努力している障害者をありがたがる風潮がある。そのような方々はもちろん素晴らしいのだけれど。
ただそこに居て、暮らしている。それだけでいい、そこに居るんだというまなざしが増えていってほしいと思う。それは、障害のあるなしに関わらず、私にも通じている。私が人から向けられたいまなざしでもある。

星野さんは、2016年殺傷事件が起こった知的障害者施設やまゆり園の嘱託医をしていたことがあった。
当時星野さんが綴った言葉はこれまで何度も何度も読み返している。


星野さんの単著「ないようであるかもしれない」の中のとても好きな一節を最後に引用する。

日常は、誰にとっても細かい営みの連続で、それらは意図せず影響し合ったりして、自分や社会が勝手に引いていた境界線を覆すことがあります。
(中略)
考えてみれば、誰だって自分がいる場所で自分で考えてどうにか生活しているだけとも言えるので、「違い」もあれば「同じ」もあります。全部違う、全部同じ、はきっとありません。だから、なにかしらの視点で境界線が引かれることは無数にあるにせよ、その境界線のすぐ近くには、境界線が伸ばせない「同じ」部分もあるというのが本当のところなのではないかと思います。
ここが違う。ここが同じ。
それはまさに多様で人それぞれ。人と人を大きく分ける万能な境界線なんて存在しないでしょう。違うところも同じところもきっと、途方もなく、ただ存在しているのです。そんな、「ないようである」が途絶えないということに僕は救われているような気がします。

星野概念『ないようである、かもしれない』

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